レトロな包装の「粟おこし」
8月下旬になると九州や四国では新米が出始める。一番はご飯になるが、餅やあられ、おかき、おこし、煎餅などにも加工される。
この米菓の中で人気なのがもち米を使ったあられ、おかきの類。鏡餅や残った餅を細かくして煎ったものが始まりという。
江戸時代、大阪には諸藩から船で多種多様な物資が集まり、「天下の台所」と呼ばれた。なかでも各藩からの年貢米は堂島、中之島、土佐堀を中心に100軒余の蔵屋敷に集められ、千石船で江戸へ運ばれた。
積み下ろしの際に船底や蔵に残るこぼれ米に目を付けた「あみだ池大黒」の初代・小林林之助は行楽地の阿弥陀池のそばに文化2年(1805年)店を構え、米を粟(あわ)粒ほどに細かく砕き(粟おこしの名の由来)水飴と砂糖で練って炊き上げた「おこし」を販売した。
「身をおこし、家をおこし、国をおこして、福をおこす」と縁起のよい菓子と評判を呼び、今も人気の大阪土産になっている。
包装紙を開けてカリッとかむと、米やゴマの甘さと香ばしさが一緒に弾けて、まろやかな甘さに一つや二つでは止まらない。
米粒をさらに細かく強く固めたのが、ガリっと堅い「岩おこし」。コクのある黒糖の甘さとショウガの辛さがほどよくマッチ。他にピーナッツ入りの「福おこし」も人気がある。
同店の話では、3代目社長の時、日露戦争の折、戦地で戦う兵士に配る恩賜品に粟おこしが選ばれ、35万箱の注文を受けて届けた。
これによって大いに名が知れたが、菊の紋章入りが畏れ多く食べずに持ち帰った人などもいて、家族まで知られるきっかけになったという。
大阪府内には「粟おこし」などおこしを製造販売する店が最盛期、老舗の「二ツ井戸津の清(せ)」など200軒余を数えたという。まさに大阪を代表するお菓子だが、今は激減している。
おこしといえば東京には原材料・作り方が違うが江戸時代から続く「常盤堂」の「雷おこし」が知られている。他に愛知県の豊橋市には軟らかい「ゆたかおこし」(若松園)、半田市には餡(あん)入りの「雁(かり)宿(やど)おこし」(松華堂)がある。どれも地元を代表する銘菓になっている。
(紀行作家)
【メモ】「粟おこし」=あみだ池大黒(電話06.6538.2987)1個10枚束税込み756円(取り寄せ可)

レトロな包装の「粟おこし」

北堀江のあみだ池大黒本店




