北村氏
はじめに
私はこれまで、都市や地域の将来価値を捉えるための枠組みとして、「四要素・動的モデル」を提唱してきました。
このモデルは、ホテル評価と地域分析の実務を通じて生まれたものです。人口、観光需要、滞在行動、土地利用の変化を一つの構造として捉えることで、街の現在地だけでなく、その先にどのような変化が起こり得るのかを考えるための共通言語として、少しずつ活用されるようになってきました。
しかし、実務を続ける中で、一つの大きな問いが浮かびました。
観光需要が増え、建物が生まれ変わり、街に賑わいが生まれたとしても、そこで働く人々が疲弊し、住民が街を離れ、自然環境が損なわれ、地域固有の文化が失われていけば、その街の価値は数十年後にも残っているのでしょうか。
四要素・動的モデルには、需要を受け止め、街の中に価値として定着させる力を「土地利用転換力」として組み込んでいました。しかし、そこで生まれた価値を維持し、次の世代へ受け継いでいく力は、明示的には組み込まれていませんでした。
その「次の世代へ受け継ぐ力」を表すものが、SDGs、すなわち持続可能性です。本稿では、四要素・動的モデルに持続可能性の要素を加えた拡張理論を提示します。名づけて、「四要素・動的モデル+SDGs」です。
1.四要素・動的モデルの基本構造
四要素・動的モデルでは、街の将来価値を、次の式によって捉えます。
街の将来価値=(基礎需要+外部流入需要+回遊・滞在需要)×土地利用転換力
基礎需要とは、その街に住み、働き、生活する人々が生み出す日常的な需要です。
外部流入需要とは、観光客、出張者、訪日外国人、イベント参加者など、街の外部から訪れる人々によって生み出される需要です。
回遊・滞在需要とは、来訪者が街をどれだけ歩き、飲食し、買い物をし、体験を重ね、宿泊し、連泊するかという、滞在の広がりと厚みを表します。
そして土地利用転換力とは、需要の変化に合わせて、空きビル、低未利用地、古い建物などを、新たな用途や価値へ転換できる街の柔軟性です。
このモデルの特徴は、三つの需要要素が足し算であるのに対し、土地利用転換力だけが掛け算として位置づけられている点にあります。
需要がどれほど存在していても、それを受け止める建物、施設、制度、資本、運営機能が用意されなければ、需要は街の価値として定着しません。訪問者は街を通過し、消費や投資は他の地域へ流出してしまいます。
土地利用転換力は、需要を街の中に受け止め、資産価値、雇用、事業、滞在時間、地域内消費へと変換する「空間的な変換係数」なのです。
2.なぜSDGsも掛け算に加えるのか
土地利用転換力を掛け算に置いた論理を、改めて考えてみます。
需要を受け止める空間がなければ、価値は街に定着せず、素通りします。そのため、土地利用転換力がゼロに近づけば、他の需要要素がどれほど大きくても、街の将来価値は大きく低下します。
SDGs適合度を掛け算に加える理由も、これと同じ構造にあります。
需要が存在し、それを受け止める空間が整っていたとしても、その街が持続可能な形で運営されなければ、生み出された価値は次の世代まで残りません。短期的には成長しているように見えても、環境、社会、経済、文化、統治の基盤が損なわれれば、街の価値は時間の経過とともに減耗していきます。
観光客が急増した一方で、自然環境が損なわれた観光地。ホテルや商業施設が立ち並んだものの、働く人々が疲弊し、サービス品質や地域の受入能力を維持できなくなった都市。歴史的な建築物や景観を短期的な収益のために失い、地域固有の魅力そのものが弱くなった街。住民と来訪者の摩擦が深まり、生活環境の悪化によって地域住民が街を離れていった歴史地区。
こうした現象は、需要と土地利用転換力だけを追求し、持続可能性を十分に組み込めなかった結果として捉えることができます。したがって、二つの掛け算要素は、次のように整理できます。
土地利用転換力T=空間軸において、需要を価値として受け止める力
SDGs適合度S
=時間軸において、その価値を維持し、次の世代へ受け継ぐ力
土地利用転換力が「空間における価値の定着装置」であるならば、SDGs適合度は「時間における価値の定着装置」です。
この考え方に基づくと、拡張モデルは次のように表されます。
街の将来価値=(基礎需要+外部流入需要+回遊・滞在需要)×土地利用転換力×SDGs適合度
需要が街を動かし、土地利用転換力がその需要を空間に定着させ、SDGs適合度がその価値を時間の中に定着させるという構造です。
3.SDGs適合度を宿泊業の視点から捉え直す
SDGsには17のゴールがありますが、宿泊業と地域分析の実務に落とし込む場合には、「環境」「社会」「経済」「ガバナンス」という四つの領域に整理すると理解しやすくなります。
環境の持続性
自然環境、景観、水資源、エネルギー、廃棄物、CO₂排出、生物多様性などを含む領域です。
宿泊業では、施設の省エネルギー性能、再生可能エネルギーの活用、水使用量の管理、食品ロスや廃棄物の削減、地域の自然や景観との調和などが関係します。地域の自然環境や景観は、観光資源であると同時に、将来世代から一時的に預かっている地域資産でもあります。
社会の持続性
住民生活との調和、地域文化の継承、教育、健康、安全、包摂性、アクセシビリティ、住まいの確保などを含む領域です。宿泊業では、住民との関係づくり、地域の祭りや文化への参加、地域文化を宿泊体験として伝える工夫、多様な利用者への対応、地域の生活環境への配慮などが関係します。観光客に選ばれる街であると同時に、住民が住み続けたいと思える街でなければ、地域の持続性は保たれません。
経済の持続性
雇用の質、適正な賃金、労働環境、人材育成、地域内の経済循環、地元事業者の持続性などを含む領域です。宿泊業では、従業員の待遇、勤務環境、住宅の確保、キャリア形成、地元雇用、地域産品の調達、地域事業者との連携などが関係します。売上が増加していても、それが働く人々や地域の事業者へ適切に還元されなければ、地域経済の基盤は次第に弱くなります。
ガバナンスの持続性
意思決定の透明性、住民との対話、長期的な地域計画、情報公開、官民連携、事業者間の協働などを含む領域です。宿泊業では、観光協会やDMO、地域観光協議会への参加、自治体や住民との対話、リスク情報の共有、地域の長期計画への関与などが関係します。環境、社会、経済の各課題を継続的に改善していくためには、それを支えるガバナンスの仕組みが欠かせません。
これら四つの領域は、すべて宿泊業の日々の実践と直結しています。
宿泊施設は、エネルギーと水を使い、食材や物品を購入し、多くの人を雇用し、地域住民と接し、地域文化を来訪者へ伝えます。宿泊業は、環境、社会、経済、ガバナンスが交差する場所で事業を営んでいるのです。
したがって、宿泊業の仕事は単なる客室や食事の提供ではありません。街の持続可能性と将来価値を左右する、構造的な役割を担っています。
4.SDGsが「時間軸の掛け算」である意味
土地利用転換力とSDGs適合度は、それぞれ独立して働くだけではありません。両者は相互に補完し、強め合う関係にあります。土地利用転換力が高くても、その力が持続可能でない方法で使われれば、街の価値は時間とともに失われます。
例えば、歴史的建築物を短期的な収益だけを目的として取り壊し、地域性の乏しい建物へ置き換えれば、一時的には床面積や収益が増加するかもしれません。しかし、その街が長い時間をかけて形成してきた景観、物語、文化的価値は失われます。
反対に、持続可能性を重視する理念があっても、それを実装するための土地利用転換力がなければ、理念は現実の価値へ変わりません。
環境性能の高い宿泊施設を整備したくても、既存建物の用途変更が認められない、改修資金が調達できない、事業を実行する人材や制度がないという状況では、持続可能性を具体化できません。
つまり、土地利用転換力は、持続可能性を現実の空間へ実装する力でもあります。一方、SDGs適合度は、土地利用転換によって生まれた価値が短期的な消費で終わることを防ぎ、長期的な地域資産へ変える力です。
この相互作用を考慮することで、「四要素・動的モデル+SDGs」は、単純な要素の追加ではなく、空間と時間の双方から街の価値形成を捉えるモデルとなります。
5.拡張モデルの統計的検証
本モデルについては、理論的な提案にとどめず、数理的および統計的な検証も行いました。
最初に、想定した数理構造が統計モデルとして識別可能かどうかを確認するため、コンピュータ上で生成した合成データを用いて検証しました。
その結果、あらかじめ設定した構造パラメータは高い精度で復元され、SDGs適合度の主効果と、土地利用転換力との相互作用についても、設定したデータ生成過程の下で正しく推定できることが確認されました。
これは、少なくとも本モデルが数理的に推定可能な構造を持つことを示しています。
次に、日本の公開統計を用いた実データによる予備的検証を行いました。
総務省、内閣府、観光庁、国土交通省などの公開統計を基に、47都道府県、2015年から2022年までの8年間について、合計376観測のパネルデータを構築し、ベイズ推定によってモデルの方向性を検証しました。
その結果、SDGs適合度の主効果が正である事後確率は97.2%となり、土地利用転換力の主効果についても、正である可能性が極めて高いという結果が得られました。
一方、土地利用転換力とSDGs適合度の相互作用については、正の方向性は示されたものの、事後確率は78.8%にとどまりました。
したがって、実データによる分析からは、SDGs適合度が地域価値に正の関係を持つ可能性は強く支持されたものの、土地利用転換力との相互作用まで確定的に実証されたとはいえません。
この検証結果は、拡張モデルの方向性が実データとも一定程度整合していることを示すものです。ただし、モデル全体の因果関係を証明したものではありません。
今後は、SDGs適合度の測定方法をさらに精緻化するとともに、より長期かつ詳細な地域データを用い、固定効果、時間効果、内生性、地域間の異質性などを考慮した検証を重ねる必要があります。
重要なのは、この理論が単なる理念的な発想ではなく、数理的に推定可能であり、予備的な実データ分析においても一定の裏づけを持つ枠組みとして提示されていることです。
6.拡張モデルが現場に問いかけること
「四要素・動的モデル+SDGs」を、宿泊業の日々の仕事へ落とし込むと、私たちに対する具体的な問いが浮かび上がります。
私たちの宿泊施設は、環境負荷を減らす努力をしているでしょうか。エネルギー、水、廃棄物、食品ロス、CO₂排出量について、理念だけでなく具体的な数値で説明できるでしょうか。
私たちの宿泊施設は、地域住民との関係を大切にしているでしょうか。地域の祭りや行事に関わり、住民が誇りを持つ歴史や文化を、宿泊体験を通じて来訪者へ伝えているでしょうか。
私たちの宿泊施設は、働く人々にとって持続可能な職場になっているでしょうか。従業員の賃金、待遇、勤務時間、住まい、教育、キャリア形成は、次の世代の人材が働き続けたいと思えるものになっているでしょうか。
私たちの宿泊施設は、地域社会と透明性のある対話を行っているでしょうか。自治体、観光協会、DMO、住民、地域事業者と情報を共有し、地域の長期的な計画に参加しているでしょうか。
これらは抽象的な理念ではありません。一つひとつの日常的な判断が、SDGs適合度という「時間軸の係数」を形成し、結果として街と宿泊施設の将来価値を左右しています。
7.投資家、経営者、地域社会にとっての意味
この拡張モデルは、宿泊業の現場だけでなく、投資家、経営者、地域社会に対しても新たな視点を提示します。
投資家にとって
持続可能性は、単なる追加コストや社会貢献活動ではありません。地域資産の価値が長期的に維持されるかどうかを左右する「時間軸の変換係数」です。環境性能、人材、地域文化、住民との関係、ガバナンスへの投資は、地域資産の価値保全と成長可能性の双方に関わる構造的な投資として捉える必要があります。
経営者にとって
宿泊施設単体のESG対応だけでなく、その施設が立地する地域全体のSDGs適合度が、自社の将来価値を規定するという視点が生まれます。自然環境が損なわれ、働く人が確保できず、住民との対立が深まった地域では、個別のホテルだけが長期的に繁栄することは困難です。地域と一体となって持続可能性を高めることが、自社の経営を持続可能にすることでもあります。
地域社会にとって
外部流入需要を増やすことだけが、地域政策の目的ではありません。訪れた人々が地域を回遊し、滞在し、消費した価値を、地域の雇用、文化、環境、事業、住民生活へ還元し、その成果を次の世代へ受け継ぐ仕組みが必要です。観光振興は、来訪者数を増やす政策から、地域価値を持続的に循環させる政策へと進化する必要があります。
おわりに
「四要素・動的モデル+SDGs」は、原型となる四要素・動的モデルに、時間軸における価値の定着装置としてSDGs適合度を加えた拡張理論です。このモデルによって、街の将来価値を次のように捉えることができます。需要は、街を動かす力です。土地利用転換力は、その需要を空間の中に受け止め、地域価値へ変える力です。SDGs適合度は、そこで生み出された価値を時間の中に定着させ、次の世代へ受け継ぐ力です。街の未来価値は、需要と土地利用転換力だけでは決まりません。そこに持続可能性という「時間の掛け算」が加わることで、初めて地域の価値は長期的なものとなります。宿泊業の現場は、地域の変化を最も早く感じ取る場所の一つです。同時に、持続可能性への取り組みが、最も直接的に地域へ作用する場所でもあります。エネルギー、水、廃棄物、雇用、住民、文化、地域経済、ガバナンス。これらのすべてが、宿泊業の日々の実践の中に含まれています。
私たち宿泊業の営みは、単に一泊のサービスを提供する仕事ではありません。街の未来価値を、空間と時間の両面から形づくり、次の世代へ受け渡していく仕事です。
この拡張理論を、宿泊業界、投資家、行政、地域社会が街の未来を考えるための共通言語として、今後も検証し、磨き続けていきたいと思います。
補注:統計的検証の概要
本稿の拡張モデルは、次の式で表されます。
V=a+c×(D₁+D₂+D₃)×exp(gT+hS+kTS)
ここで、Vは都市または地域の将来価値、D₁、D₂、D₃は三つの需要要素、Tは土地利用転換力、SはSDGs適合度を表します。
a、c、g、h、kは推定パラメータであり、hはSDGs適合度の主効果、kは土地利用転換力とSDGs適合度の相互作用を表します。
合成データによる検証
100都市、15年間、合計1,500観測の合成パネルデータを用い、PyMC 6.1およびNUTSサンプラーによるベイズ推定を実施しました。
その結果、すべての主要な構造パラメータは、あらかじめ設定した真値の±3%以内で復元されました。
SDGs適合度の主効果はP(h>0)=1.0000、土地利用転換力とSDGs適合度の相互作用はP(k>0)=1.0000となり、設定したデータ生成過程の下では、両命題とも事後確率100%で支持されました。
また、SDGsを含まない比較モデルに対する対数ベイズファクターはlog BF=3,859.62となり、Jeffreys(1961)の基準に照らしても、合成データ上では拡張モデルが強く支持されました。
なお、この結果は、設定したモデルから生成した合成データを用いた構造回復テストであり、現実社会におけるモデルの正しさを直接証明するものではありません。
実データによる検証
日本の47都道府県について、2015年から2022年までの8年間、合計376観測のパネルデータを、総務省、内閣府、観光庁、国土交通省などの公開統計から構築しました。
同様のベイズ推定を行った結果、SDGs適合度の主効果が正である事後確率は97.2%となりました。
土地利用転換力の主効果についても、正である事後確率はほぼ100%となりました。
一方、土地利用転換力とSDGs適合度の相互作用が正である事後確率は78.8%であり、正の方向性は示されたものの、現段階では強く確立された結果とはいえません。
本検証は予備的なものであり、SDGs適合度を構成する指標の精緻化、より長期かつ広域なデータによる再検証、地域固定効果および時間固定効果の検討、内生性への対応、因果推論設計の導入などを、今後の研究課題とします。
参考文献
北村剛史(2026)『都市発展を読み解く「四要素・動的モデル」』株式会社日本ホテルアプレイザル
北村剛史(2026)『四要素・動的モデル ベイズ検証編』株式会社日本ホテルアプレイザル
国際連合(2015)『我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ』
Jeffreys, H.(1961)Theory of Probability, 3rd ed., Oxford University Press.
株式会社日本ホテルアプレイザル代表取締役/株式会社サクラクオリティマネジメント代表取締役/一般社団法人宿泊施設関連協会副理事長 北村剛史




