【観光トレンド21】進化する旅の決済手段 佐藤暢


 私の初めての海外旅行は1993年、イギリスであった。出発前に日本の銀行でトラベラーズチェックを作成し、現地ではつど換金所に並んで現金を入手した。当時、大学院生であった私はクレジットカードも所有してはいたが、帰国後の支払いが恐ろしく、極力使用を避けていた記憶がある。

 その後、2000年代後半から頻繁に海外へ赴くようになったが、クレジットカードは高額支払いに限定し、日常の買い物は現金が中心であった。しかし、2010年代後半からコロナ禍を経て、状況は劇的に変化した。今や出国前に外貨両替に毎回立ち寄ることはない。前回の残りがわずかにあれば、極端に言うと、クレジットカードだけで、現金は一切使わない旅行も(国によっては)可能になったのである。

 特にクレジットカードのタッチ決済の普及は衝撃的であった。19年に訪れたシンガポールの地下鉄でそれを体験した際、その利便性に目を見開かされた。見知らぬ土地の駅で、券売機の画面と格闘し、不慣れなつづりの駅名を入力してようやく切符を買う。そうした手間が、一瞬の「タッチ」で完結するのである。少額の買い物も今やカードである。帰国後に換金できない小銭が財布にたまり続けることも、もはやない。福岡地下鉄などを契機に近年は関東の鉄道にも導入され、羽田や成田の券売機に並ぶ来日直後の外国人旅行者の列も、以前より減ったように見受けられる。

 もちろん、全てをカード決済に集約せよと言いたいわけではない。海外でも「現金のみ」の店は残るし、事業者には決済手数料の負担があり、利益を圧迫する側面もある。また、時差ボケの頭で、どうにか切符を入手し目的地へたどり着くといった、ある種の不便さも旅の醍醐味(だいごみ)ではある。

 だが、一度でも圧倒的な便利さを享受してしまうと、人はなかなか以前には戻れない。場面ごとに、現金とカードの利用をうまく切り分けて、旅行者・観光地・事業者のいずれにも納得感の高い仕組みの設計が、競争力を左右するのではないだろうか。

 (専修大学経営学部教授 佐藤暢)

 
 
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