少し前のこと、1カ月にわたって行われる、祇園祭の終わり頃に京都を訪れた。京の定宿は、「旅館こうろ」。市内有数の繁華街であり、同時に京町家に代表される伝統的な町並みが共存する「歴史的都心地区」。そのさらに中心部という立地ゆえ、散歩がてら京の台所「錦市場」や土産物店の集まる「新京極」に行けるし、最もにぎやかな四条河原町や祇園も徒歩圏内だ。
あちこち歩いた後、大浴場のひのき風呂で汗を流し、北原茂樹会長こだわりの優美な器に盛り込まれた、華麗な京料理を堪能させていただくのが何よりの楽しみ。
この日のコースは、「大徳寺麩(ふ)白酢掛け」の先付からスタート。生麩をしょうゆやみりんなどで煮てから油で揚げるという大徳寺麩、たくさんの気泡が独特の食感を生み出し、豆腐を酢で伸ばした優しい味の白酢と口に運べば、あぁ京都に来たんだなぁと実感が湧く。
続いて、見事に夏を表現した八寸。黒塗りの角盆には、涼を添える露が打ってあり、中央に載せられた小さなすだれに青笹の掻敷(かいしき)を飾り、そこに料理が盛り付けられている。中央には、祇園祭にちなんだ粽(ちまき)麩。祭りの期間中、食べる粽でなく厄除けのお守りとして作られた粽が、各山鉾のお会所や八坂神社で販売されており、これを玄関先に飾る風習があるのだ。
そして、夏に実をつけるほおずきのガクをまとった「若桃の鬼灯(ほおずき)包み」。大きな実を付けることから観賞用として人気が高いのが、丹波ほおずきという品種。名前からして、京都と無縁ではなかろう。
涼やかなガラスの猪口に盛り付けられていたのが「ウロリ煮」。ウロリって何?という疑問には、北原会長が解説して下さった。琵琶湖の固有種、ビワヨシノボリの稚魚だそうで、琵琶湖では古くからウロリ漁が行われており、最盛期は7月。つまり、旬の真っ只中であった。京の水瓶とも呼ばれる琵琶湖の食材は、水と同じくやはり京都でも多用されるようだ。
夏らしい演出の数々、黒の盆に赤や緑が映えた鮮やかな彩りが、目も楽しませてくれるこの八寸、まだまだこれだけではない。特筆すべき、「村沢牛握り」と「鳥貝握り」があるのだ。
マーブル模様に美しくサシが入り、ルビー色に輝く村沢牛は、長野県の村澤勲氏が丹精込めて育てた、個人名のついたブランド和牛。極上の肉質と出荷数の少なさから「幻の和牛」と言われているそうだ。
京都の肉ではないと思われるだろうが、実はこのブランド化に大きく貢献したのが、京都市内の銀閣寺大西という会社で、流通も同社の限定販売なのだ。
お肉を生で食せる機会がほぼなくなって久しいが、そのおいしさといったら! しかも、格付最高のA5ランクである。その口福をいつまでも口の中に留めておきたいと思ったが、あっと言う間に溶けてしまった。残念だが、真の美味ってこういう物だろう。
鳥貝がなぜ京都なのかも含め、次号ではさらに京野菜や京の食文化に迫る。
※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。
八寸