【私の視点 観光羅針盤 366】グローバルリスクと観光 石森秀三


 観光産業は基本的に「フラジャイル(もろい、壊れやすい)な産業」であり、戦争や自然災害や疫病や経済不況などの影響を受けやすい。そのため観光産業のリーダーは常にさまざまなリスクを事前に察知して危機対応を図る必要がある。幸い、年初には世界の賢人たちがグローバルリスクの予測を公表するので参考にすべきだ。

 米国の政治学者イアン・ブレマー氏は1998年に「ユーラシア・グループ」を設立し、毎年1月にその年の「世界の10大リスク」を公表している。今年のリスクは次の通り。(1)ならず者国家ロシア(2)「絶対的権力者」習近平(3)「大混乱生成兵器(人工知能など)」(4)インフレショック(5)追い詰められるイラン(6)エネルギー危機(7)世界的発展の急停止(8)分断国家米国(9)TikTokなZ世代(10)逼迫(ひっぱく)する水問題。これはいわば「米国視点」のリスク認識だ。

 東京大学の鈴木一人教授(国際政治学)は日本視点での今年の世界10大リスクを公表している(月刊誌『潮』2023年1月号参照)。(1)台湾有事(2)ロシアによる核兵器の使用(3)NATOとロシアの交戦(4)ゼロコロナ政策による中国経済の混乱(5)米国議会の対中強硬化(6)イランの国内の混乱と核合意(7)欧州におけるポピュリズム(大衆迎合主義)の台頭(8)インフレ(9)気候変動による異常気象(10)半導体を巡る米中対立。

 一方、1971年にスイスで設立された「世界経済フォーラム(WEF)」も毎年1月に世界10大リスクを公表している。(1)気候変動緩和策の失敗(2)気候変動への適応の失敗(3)自然災害と極端な異常気象(4)生物多様性の喪失や生態系の崩壊(5)大規模な非自発的移住(6)天然資源の危機(7)社会的結束の低下と二極化(8)サイバー犯罪の拡大とサイバーセキュリティの低下(9)地政学的対立(10)大規模な環境破壊の事象。これは「欧州視点」のグローバルリスク認識だ。

 米国視点、日本視点、欧州視点による今年の10大グローバルリスクを紹介してきたが、それぞれなりに極めて重要なリスク要因が明確化されている。

 いま欧米では「ポリクライシス(Polycrisis)」という考え方が重視されている。複数の危機が互いに影響を与え合うことによって、個々のリスクの総和よりも、さらに大きなリスクが生じるという考え方だ。東西冷戦終結後にヒト、モノ、カネ、情報などのグローバル化が急速に進展し、世界中が複雑に結び付き、絡み合い、もつれ合うことによって危機の解決が容易ではなくなっている。世界はいまパンデミックから回復しつつあるが、ウクライナ戦争によって、エネルギー危機・食糧危機、インフレ、気候変動、大規模難民、核戦争の脅威、世界の分断化などが生みだされていて、ポリクライシスの解決がより困難になっている。

 世界はいま聡明なリーダーを必要としているが、現実には暗愚なリーダーがのさばっているためにポリクライシスの解決はさらに困難になっている。従って、観光産業の未来はそれほど明るいとは言えない新年を迎えて、心が晴れないままである。

(北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)

 
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