【口福のおすそわけ 504】あられそば 竹内美樹


 おすし屋さんでいただく「青柳」、てんぷら屋さんの「小柱のかき揚げ」、おそば屋さんの「あられそば」のあられ、いずれもその正体は、バカガイ科バカガイ属バカガイという貝なのだと、ご存じだろうか?

 青柳とはバカガイのむき身のことで、小柱やあられは、バカガイの貝柱。そろそろ旬も名残の時期に入る。期間限定であられそばがある店でも、メニューから消えるころだ。温かいおそばにのりを敷き、空から降るあられに見立てた生の小柱を上にのせた、風情豊かな逸品。「天ざる・天もり」発祥の店とされるそばの名店「室町砂場」のお品書きにも、あられそばを発見。「11~4月ごろ(時価)」とある。ひゃぁ~、高そう! どうやら、3千円超えくらいのよう。

 江戸時代には、東京湾で大量に取れたバカガイ。諸説あるが、ばかみたいにたくさん取れるからバカガイという説や、殻から赤い斧足(ふそく)を出しているさまが、口から舌をだらりと出しているばか者に見えるからという説が有力。ほかにも、潮の満ち引きにより頻繁にすみかを替えることから「場替え」が転訛(てんか)したとか、殻が薄くて割れやすいから「破家貝」とか、産地の「馬加(まくわり)」(現在の幕張)を音読みで「馬加貝」と呼んだとか、ばか者がハマグリと勘違いして喜ぶから「バカガイ」など、さまざまな説が。

 いずれにせよ、あまり良い印象ではない。そこで、江戸時代に上モノとされていた産地、上総国青柳村の名を取って「青柳」と呼ぶようになったとか。ちなみに、千葉県市原市青柳の海岸は埋め立てられ、現在は京葉臨海工業地帯として発展、バカガイの生産はない。主な産地は同県富津市。

 前述の通り、殻が割れやすいため、殻付きで流通することは少なく、むき身で身と小柱と別々に売られる。身は主にすし種や酢味噌(みそ)で和えた「ぬた」などに使われる。江戸前ずしとして握るときは、ヒモごと握るので、難易度が高いとされる。ヒモが外れて斧足だけになったものは「舌切」と呼ばれ、比較的廉価。コレを味噌とネギとたたいた郷土料理「なめさんが」が、アジの「なめろう」同様有名だ。

 小柱はその名の通り小さいが、実は身より高値で取り引きされる。すしなら軍艦巻きに、江戸前てんぷらのかき揚げにも欠かせない。そば前の酒のつまみ「はしらワサビ」も、期間限定の人気の一品。バカガイには、大小二つの貝柱がある。大きな貝柱だけ集めたものを「大星」、小さい貝柱だけ集めたものを「小星」といい、大星は、うまみが強く香り高く甘みもあり、ワサビしょうゆでいただくだけで、至高の逸品。あられそばのように、のり1枚隔てたそばつゆでほんのり加熱された、レア目の状態も最高♪

 最近はバカガイ自体が取れず、小柱も高騰しており、ホタテやタイラギの貝柱で代用したあられそばもあるようだ。よほど希少品になってしまったのだろう。基本的にそばは冷たいヤツしか食べないが、コレだけは別物。あぁ、この春はまだあられそばを食べてない。急がなくっちゃ!

※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。

 
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