【駅メロ とわずがたり 17】JR杵築駅 「おかえり唄」のメッセージ 藤澤志穂子

  • 2023年6月23日

JR杵築駅前

 大分県の片田舎にある杵築市は、人口2万7千人あまり、柑橘類が豊かで温暖だが、観光客が集まるような華やかな街ではない。最寄りのJR杵築駅の発車メロディは、当地に40年も在住するシンガーソングライター、南こうせつさんが2019年に発表した「おかえりの唄」で、2021年8月から採用されている。

 この歌をめぐり、地元ケーブルテレビ(CATV)局の杵築ど~んとテレビ(KDT)が2021年4月、杵築市のプロモーションビデオ(PV)「おかえりの唄」を制作している。5分弱の映像に市民115人、南さんや杵築市長もちらっと登場するPVは、自宅や店先、駅など、街中にいる市民が、帰ってきた人を「おかえり」と温かく迎える風景を映している。KDTの番組で放送されたほか、YouTubeで全国発信され、多くの人々の共感を得た。昨年6月には全国のCATVが参加した「ベストプロモーション大賞」で準グランプリに輝いた。何の変哲もない小都市を紹介する映像が、なぜこれほどの支持を得たのだろうか。

 「おかえりの唄」は南さんが、デビュー50周年記念で2019年に発売したアルバムに収録された”新曲”だ。実は1970年代半ばに、作詞家の星野哲郎さんから贈られた歌詞で、改めて作曲して蘇らせた。小さい街で暮らす人々の故郷への思いと、毎日のささやかな暮らしの大切さを歌っている。南さんは最初「当時のフォークブームには合わない」と考え、そのままお蔵入りしていた。その後、50年あまりを経て、南さんが自宅の荷物の整理をしていた際に歌詞を偶然発見、「今こそ歌いたい」と考え発表したのだった。

 この歌を杵築市のプロモーションに使いたいと考えたのは、地域商社「きっとすき」の大蔵賢代表だ。大分県出身で、東京の大手広告代理店を定年退職後、故郷に戻り現職に就いた。コロナ禍で疲弊する街を勇気づけたい、盛り上げたい、と南さんに相談に行き、その思いを受け止めた南さんが、この歌を無償提供した。コロナ禍となり、故郷に「ただいま」と帰りたくても帰れない、都会に出た人たちの里帰りを「おかえり」と迎えてあげられない辛い日常が全国であった。「おかえりの唄」は、そんな思いを包み込む歌でもあった。

 PV製作を担当したKDTの岩崎利顕さんは「最初は番組中だけで流す予定でした。でも全国の人に伝えたいと、YouTube発信することにしたのです」と振り返る。「われわれ地元住民は、南さんの存在を知ってはいても、頼みに行くことには遠慮があった。今回スムーズに運んだのは、大蔵さんのおかげです」と話す。この歌は地元の県立杵築高校ブラスバンド部の演奏のレパートリーともなり、昨年11月に市内で開催された南さんの公演にゲスト出演して披露。歌が独り歩きを始め、街を勇気づけている。

 ※元産経新聞経済部記者、メディア・コンサルタント、大学研究員。「乗り鉄」から鉄道研究家への道を目指している。著書に「釣りキチ三平の夢 矢口高雄外伝」(世界文化社)など。


JR杵築駅前

 
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