私どもの店は、日本料理を提供する料亭だが、若い頃より外国に興味があり、気が付けばこれまでに50カ国以上を旅してきた。
約半世紀前の高校生の時に、初めて訪れたところがイギリスだった。当時は海外の情報が乏しく、欧米の方は毎日分厚いステーキを食べていると勝手に思い込み、かなり期待を持ってホームステイ先の初日の夕食の卓についた。
何とメインディッシュが薄っぺらいハム1枚と茹でた大量のジャガイモ、人参、グリーンピースだった。その期待はその後約1カ月間裏切られ続け、帰国前の3日間は有り金をはたいて中華料理屋に通い詰めたことを懐かしく思い出す。
20代後半から美食の国といわれる、フランス、イタリア、スペインをはじめとするヨーロッパ各国、アメリカ、アフリカ、中国などを回り、その土地で最もおいしいと言われる食べ物、レストランを探し求めて歩いた。それぞれの地のレストランで段々と思いを強くしていったのは、文化、歴史、民族、風土、国民性、さらには政治的背景までもが今食している料理を形づくって来たのではないかということだ。
今の日本を見てみよう。確かなことは言えないが、人口10万人以上の街であれば、仏、伊、中、ファスト、無国籍料理はほぼ食べることができる。ふと、日本らしさとは何だろうかということが脳裏に浮かぶ。
ヨーロッパの片田舎のたまたま入った小さなレストランで、思いがけないおいしい料理とワインとあたたかなもてなしを受けた時、アメリカの砂漠の中の1軒家の家族経営のドライブインで食べたチリビーンズは、私にとってまさにその国、その国民だった。
訪日外国人が増えること自体は喜ばしいことだが、われわれ日本人が、利便性や営利に走りすぎ、どこかで日本らしさや自分たちのアイデンティティを見失いつつあるように思えてならない。
女将や幹部スタッフと定期的に評判の良いお店をピックアップして、料理屋、レストランに出かける。お酒も入るので話題はあちこちに飛び火するが、最終的には「らしくあろう」ということに収れんしていくように思われる。
金沢は北陸新幹線が開通して早3年、多くの訪日外国人が来る。その興味の矛先は、文明化されたあるいは商業化された空間ではなく、日本人の暮らし方や日本らしさを求めて街を歩いているように思える。
2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、さらに多くの外国の方が日本にやってくる。今こそ私は、日本料理を提供する者の1人として、日本人らしさと日本らしさを世界にアピールできる大きなチャンスだと思い楽しみにしている。
(国際観光日本レストラン協会常務理事、つば甚 鍔一郎)