
数年間、年末年始をアメリカのマイアミで過ごしていたことがある。街歩きの目印に見上げたのが、ホテルの壁にあたかも穴が空いているかのように見える「だまし絵」だった。思えばトリックアートというものを見た初めての経験だったと思う。マイアミの青空が描かれていた。
先日、「東京トリックアート迷宮館」を運営する株式会社エス・デーのお招きで久しぶりに台場へと足を運んだ。数年前、このコーナーでトリックアートを旅館・ホテル空間に導入してみてはどうだろうと書いたことがある。空間のデッドスペースに施せば、お客さまの心に残る販促効果が生まれるはずだと…。
その後、地方に新築される宿の案件で、サインプランの目玉として外壁にトリックアートを施したらどうだろうか、宿の代名詞にもなるのではないだろうかと提案したこともある。コロナ禍で工事が先送りになってしまったが…。
招かれた理由は、実際にトリックアートを空間に演出している宿が誕生したため、その詳細をお聞きすることだった。もちろん株式会社エス・デーの手によるものである。今年に入って「かんぽの宿」が株式会社マイステイズ・ホテル・マネジメントに事業譲渡された。そのうちの二つの宿にリニューアルの一環としてトリックアートが採用され、旅行客の人気を博しているという。地方紙にも紹介されるなど話題を呼んでいるそうだ。
その一つが秋田県にある「和心の宿 姫の湯」だ。江戸時代における絵画のジャンルに、久保田藩(秋田藩)主や藩士を担い手とし、西洋画の手法を取り入れた構図と純日本的な画材を使用した和洋折衷画「秋田蘭画」がある。姫の湯では、ロビー空間のパーテーションに秋田蘭画を素材とするトリックアートが描かれ、あたかもそこに武家屋敷の座敷があるような視覚効果を生んでいる。襖絵に描かれた秋田蘭画の再現性の見事さにも目を奪われる。
もう一つが同じく秋田県の「山麓荘」だ。温泉や客室をつなぐ長いスロープの両サイドにトリックアートが描かれ、館内に憩う人の目を和ませている。3メートル×2メートル程度の大サイズアートとしては「田沢湖畔の近道」「桜と武家屋敷」「紅葉する駒ヶ岳の隠し絵」「花火とかまくら」の4点。秋田の四季が郷愁とともに描かれている。スロープにはさらに秋田を題材とするトリックアートクイズも随所に施されていて、滞在時間を楽しく演出している。2館ともに、アートに描かれた秋田の歴史や文化、風光が新たな売り上げを生んでいるという。これも助成金の有効な使い方だと感心した。