【道標 経営のヒント 243】ある宿の社長の生き様、言葉 タグ広告プランナー 宮坂 登


 アフターコロナへの提唱。そんなテーマを与えられて、あれこれ思索にふけっている。どん欲に情報をかき集める毎日が続いているが、思うがままに構想が進まない。3カ月先、半年先にどんな日々が待ち受けているのか、世の中の誰一人想像つかない。

 そんな日々の中で大雨による大被害。被災された方や彼の地で宿を営む方々に紙上を借りてお見舞いを申し上げたい。テレビ画面に映し出される被災風景を見て、そこに昨日まであったはずの当たり前の日常へと思いが及ぶ。

 こんな毎日を繰り返す中で、ある有名旅館の社長とお話をさせてもらう機会を得た。その宿はコロナ騒ぎにもかかわらず、営業を続けていたという。顧客から「休んでもらっては困る」との意向を受けて「休むわけにはいかなかった」という。「いらっしゃってくれたお客さまがみんな、来て本当に良かったって言ってくれるのがうれしい」とも。コロナ禍の現状に際して、「新・観光立国論」や「新・生産性立国論」などの著書で知られるデービッド・アトキンソン氏は「問われるのは経営の質であり、お客さまが何を求めていて何をすればお金を落としてもらえるのか。それを考え抜いて実行している事業者は、コロナ禍の状況下でも高い耐久力がある。稼げない宿や安価で成り立っていた宿は、ビジネスにきちんと取り組んでこなかったツケが非常時に顕在化しただけ」と、良いものを安く、という宿業界の風潮から脱却することを提唱しているが、まさしく、この宿に揺るぎない経営の姿を知らされた思いでいる。

 その宿の歴史に触れる本をお借りして今、熟読している最中である。現社長がほぼゼロからのスタートでどんな思いで宿の歴史を紡いできたのか。おもてなしの継承など一切なく、一代でお客さまに喜んでもらうための創意工夫を繰り返してきた日々がつづられている。心を揺さぶられたのは、ひたすら前向きに生きるその姿である。会話の中で「私は過去を振り返ろうとは思わない。これからも未来だけを見つめて生きていきたい」とお聞きしたが、そのお言葉そのものの日々を過ごしてこられたようだ。

 語る言葉は少なかったし、それほどむずかしい会話をしたとも思えなかったが、時折、心の中を射竦(いすく)められるような眼差しにもおののいた。その社長にお声を掛けられて、新たな仕事に取り組むことになった。「日本の良さというものが失われている。日本人であることの誇りをどんな形で後生に伝えていくか」。それが与えられたテーマである。心して取り組もうと言い聞かせている。

 
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