今回からコラムを担当する石井です。よろしくお願いいたします。
先日、連日盛況と評判の東京・六本木の新国立美術館で開催されている「草間彌生わが永遠の魂」へ行ってきた。入り口を入るとすぐに大きな展示室がありその作品の大きさ、数に圧倒された。一つ一つの作品に題名があり、何一つとして同じパターンがない。
今でも彼女は、2009年から始めたこの大型絵画シリーズに向け、1週間に2枚のペースで書き続けている。幼い頃から「死への憧れと生への意義の狭間」を、さまよい、戦い続け、書くことによって昇華していった。
音声ガイドでは彼女の肉声は元より、詩の朗読、歌なども聞くことができ、彼女の人間像をより身近に感じることができる。あの原色に表されているのは、内なる戦いなのだ。
2時間の音声ガイド付きの鑑賞は良い意味で彼女の呪縛が私の体の周りを包み、ある種の感動を覚えるとともに、肩に重たい疲労感を感じた。鑑賞後椅子に座り、しばしの休息が必要となった。
その時に「シュバルの理想宮」が重なった。フランスの郵便配達夫シュバルがある日奇妙な石につまずき、その日から毎日33年間、仕事が終わると石を拾いに行き、自宅の庭に積み上げ、2階建て高さ10メートルの建造物となった。
舞台となったこの片田舎のオートリーヴは今では世界中から観光客が訪れる観光名所となっている。フランス政府も認める有名なナイーブアート(素朴派)の一つだ。私もいつか行って見たいと思っている。
シュバルは無名ではあったが、自分の思いを具現化していくことによって、現在の人々に感動と勇気を与えている点は草間氏と同じだ。
このコラムのメインテーマは「経営のヒント」と言うことだが、東京で外国人観光客を主に集客している旅館を始めて14年になる私にとって、常に新しいイベントが開催されている東京で全てに出かけることは不可能だが、宿を離れ全く分野が違う場所に出かけると良い刺激となる。
宿の経営も日々努力を重ね、自分の理想とする宿を追求する姿勢に終わりはない。時代とともにお客さまの嗜好も変わり、絶えず変化を続ける東京で生き残っていくのはかなり大変だ。
数ある旅館・ホテルの中で、行燈旅館を選んでいただく意味は、イコール「自身の個性を宿に反映していくこと」であると思っている。
草間氏やシュバルとまではいかないが、唯一無二の宿を作り上げていく姿勢はこの2人に少しは近づけたらと思っている。
次回も私の日々の暮らしの中からの小さな気づきを皆さまにお伝えできればと思う。
※いしい・としこ=東京家政学院短大卒。簡易宿所支配人などを経て、2003年行燈旅館創業、館主。東京都出身、60歳。