【観光立国・その夢と現実 53】旅館創業者の精神性10 小原健史


 「きさま、なんば言いよるか!」。支店長の怒声が店内に鳴り響いた。この支店長は、昭和中期の地方の銀行には猛者と言うべき人物が時々見られたが、まさにそのような人物だ。健史が父から「今日中に1億円作ってこい!」と激烈な指示を受けて、それを支店長に伝えた際、逆鱗に触れた。「あんた、この前あんたに融資した金額はいくらか?」。支店長は怒りで口角泡を飛ばしながら言う。健史は身を縮めながら「はい、300万円です」「それは、その日言ってすぐできたか?」「いいえ、3週間後に融資していただきました」「そうだろうが。1億の大金を今日言うて今日貸せるか!」。支店長は大きな目玉をギラギラさせながら、健史を叱責した。支店長いわく「副社長、今日1億円は無理、無理! よくよく会長さんと話し合って詳しい資料をもって出直しなさい」。その言葉に押し出されるように健史は自宅に戻った。

 父嘉登次は庭で植木の剪定(せんてい)をしていたが、健史が戻ったことを気配で感じ、振り向きもせずに「どうやったか!」と声を荒げる。健史は「会長、やはり今日言って今日1億円の融資は無理でした。事業計画書や資料をそろえてからできるだけ早く再度お願いに行きます」と言うと、いきなり振り向いた嘉登次の形相はまるで鬼の面構えで「なに! 俺と頭取の間で話はついてるのに、どこのどいつが融資できんと言うのか! お前もおめおめとよう帰ってきたな。この話が今日中にできんなら、健史お前はこの旅館を任せられん。何とかして今日中に1億円作れ! できるまで帰ってくるな!」。かつて見たことのない激しさである。

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