山梨観光の現状と課題
軸足を団体から個人へ 着地の楽しみ方を提案
──山梨観光の現状をどうとらえている。
「入り込みは圧倒的に東京が多い。あとは中京圏が2割ぐらい。大阪はまだ少ない。東京のマーケットに近いので、これまで大量にお客さまが来てくれることをベースに産業が発展してきた。これだけ個人化し、趣味も多様化しているなかで、そこを変えなければいけない。しかし、一部の地域では個人化やインバウンドに対応して成功を収めているものの、現実的には大勢はまだ団体に軸足がある。もう少し滞在型にするとかリピーターを増やすとかの方向に舵を切っていくべきだ。そのためには着地での楽しみ方の提案や二次交通の整備などが必要だ」
──着地型観光の取り組みは進んでいるのか。
「毎年100コースぐらい作っている。それだけ力を入れてきたのは大きいが、その商材が思うように誘客につながってこなかったのも事実だ。特に流通に課題がある。着地の商材にもう少し付加価値を付けて、流通を担う旅行会社、イベント会社、福利厚生会社に対する情報発信などの働き掛けを強めたい」
──着地型の成功例は。
「昨年11月から今年3月まで『石和温泉BYOワインキャンペーン』を実施した。BYOとは『ブリング・ユア・オウン』の略で、旅館に積極的にワインを持って来てほしいとアピールした。持ち込み料金は1本500円。山梨はワインの産地で、その生産の半分以上が石和と隣の勝沼。石和温泉はずっと落ち込んでいる。ワインの産地なのだからワインを武器にしようと、石和温泉旅館協同組合に提案した」
「旅館に酒を持ってきてしまう客が多い。今の時代、持ち込み料金はとれないという。聞けば旅館ではワインを3倍ぐらいの値段で売っている。そんな値段で買う人などいない。だから、勝手に持ち込んで飲んでしまう。BYOは好評で、旅館組合も4月以降の継続を決めた。旅館も持ち込みにお金をとれるのかと驚いていた」
──6月には富士山の世界遺産登録が審議される。
「県民の期待は大きい。元々著名な富士山だとはいっても、世界遺産に認定されるのは大きなインパクトがある。日本に限らず世界中からさらに多くのお客さまがやって来るだろう。富士山に登るのはもう限界だから、富士山を見るのと同時に構成遺産や県内を歩いてもらうためにJRや中日本高速に周遊ルートを作ってもらおうと働き掛けをしている」
「登録されたら、『富士山野菜』を売り出そうとも考えている。たくさん採れないので希少価値なのだが、旅館で『富士山野菜を召し上がれ』といったキャンペーンを行うのも面白い。富士山野菜をブランド化できるし、旅館もPRができる」
───外国人旅行客の受け入れ状況はどうか。
「山梨は圧倒的に中国のお客さまが多いので、昨年は尖閣諸島の問題もあり、極端に落ち込んだ。韓国人客も来るが、特に中国人客に偏りすぎだ。今、旅行業界では『アジアビッグバン』、経済界では『ネクスト11』などと言われる中で、もう少し広いアジア、あるいはイスラム圏などにお客さまのプロモーション活動を広げたい。旅行形態についても中国人客に向けた募集型の観光旅行が中心だったが、もっと多様化しなければだめだ。今手がけているのは、インドネシアの自転車愛好会のツアーやタイのインセンティブツアーなど。食ではマクロビを題材に欧米から呼んできたい」
──観光振興の長期的な課題は何か。
「山梨県は2027年にリニアが開通する。羽田からは30分だ。日本の真ん中の東京とまったく同じ距離感で山梨の中心に来られる。しかもそこは空気がきれいで、温泉もワインもフルーツもあり、富士山、アルプスもある。リニアで近くなると、世界から先進の技術や医療に関する質の高いMICEの需要が増える。15年近く残っているので、この期間に世界水準の観光交流都市を目指し、絵をきちんと描いておくべきだ」
──理事長に就任して1年近く経った。13年度のスタートにあたり抱負を。
「県との関係だけでなく、できるだけ民間の事業者の声に耳を傾け、それを県の観光行政にも反映することに力を注ぎたい」
──前職は旅行会社だが、立場が変わった今、旅行会社に望むことは。
「地域、ゾーンを売ってほしい。そのときの基地となるのが旅館だ。旅行会社は、旅館の機能を矮小化している。旅館との関係を強化して、旅館の地域で果たす役割を再構築することに力を貸してほしい」
「一方、旅館は役割の大きさに向き合うことが大切だ。需要の抱え込みは街の低迷につながる。ゾーンの中心に旅館があり、地域がお互いに支えあって、地域全体が潤う」
【まつい・まさあき】
栃木県立佐野高校卒。1968年、日本交通公社(現在のJTB)に入社。JTBトラベランド取締役東日本事業部長、JTB関東社長、JTBトラベランド専務取締役などを歴任。2012年6月から現職に。栃木県出身、63歳。