【観光学へのナビゲーター 17】早すぎてもダメ、遅すぎてもダメ(顧客の嗜好のポールシフト) 日本国際観光学会宿泊部会オブザーバー・下電ホテル代表取締役・日本旅館協会・副会長 永山久徳


永山久徳氏

 ポールシフトという言葉がある。北極と南極を貫く惑星の地軸や磁極が反転してしまうことを指すものだ。しかし、地軸は一定の速度で移動するのではなく長期間はほとんど動かず、あるタイミングで短期間に一気にシフトするもののようだ。

 働き方改革の掛け声に呼応し、旅館ホテルで定休日を設けるケースが増えてきたが、実は私の旅館では20年ほど前に定休日を設定したことがある。しかし1年で中止に追い込まれた。その理由は、契約する各旅行会社から「年間販売日数が不足すると契約違反になる」、リピーター客から「旅館が休むなんて不真面目だ」という声が殺到したためだった。また、15年ほど前にトイレの改装工事を計画していたところ、旅行会社からも従業員からも「和式便座は今後も一定数必要だ」という声が上がり、和式便座を新設してしまった苦い思い出がある。ポールシフトと同様に、時代の変化というのは緩やかに見えていても、ある時点で急激にシフトしあっという間にそれまでの常識を覆してしまうものらしい。

 例えばLGBTの権利拡大により、男女の区別はとてもデリケートな扱いになってきているが、現時点では世間は男女を明確に分けることが一般的であり、「例外」の人にも差別なく対応、配慮しようといった程度の段階だ。しかし最近見た書類の性別記載欄は、「男」「女」「その他」「答えたくない」の4種類に細分化されていたし、国外では「トイレの数が少ない場所では男女を分けてはならない」「ジェンダーフリートイレを設置しなければならない」というルールも生まれつつある。今は違和感を覚える人が多くても、ある時点で「いまだに男女別のトイレを設置している差別的なホテルがある」などというポールシフトが生じる可能性が無いとは言えない。その場合、例えばトイレはおろか、浴衣も男女別、大浴場も男女別という現状の旅館ホテルは何らかの対応を迫られる。しかもトイレは男女別でなければ認めない、混浴は認めないという設備基準を定めている自治体すらある中で各旅館ホテルがどのような手段を取り得るのか、今から考えておいて損はないものと考える。

 もう少し小さな話題に目を向けても、受動喫煙にどう取り組むべきか、タトゥーを認めるか否か、著作権料の負担を利用者に求められるかなど、旅館ホテル業に投げかけられた課題についての利用者の意識も10年前とはずいぶん変わったものだと感じる。利用者の感覚を後追いしていてはサービス業として論外、かといって利用者を無視して先駆的になり過ぎてもついてきてはもらえない。アーリーアダプターを自認する人であっても、こと宿泊に対してはそれほどトレンドセンターから外れようとはしない。つまり早すぎても遅すぎても駄目なのだ。ポールシフトの瞬間に対応したホテル旅館こそが成功することができる。そのためには変化を見極める力だけではなく資金力も人材も必要だ。法制面のアップデートすら間に合わさせる政治力も兼ね備えていなければならない。サービス業の終着地ともいわれる宿泊業が特に中小企業経営のホテル旅館において厳しさを増している遠因はこのあたりにあるのかも知れない。

 最後に、今後のヒントとなると思われる直近のトピックスを2つ問題提起として挙げておきたい。(いずれそれぞれについて詳しく論ずる機会があるものとして)

 ・台風や悪天候が見込まれる時、交通機関が計画運休を行うことが一般化しつつあるが、宿泊施設で宿泊客や従業員の安全確保のため事前に休館することは認められるだろうか?恐らく現行の旅館業法では認められない可能性が高いが、営業することによるリスクは確実に高まっていると言わざるを得ない。

 ・宿泊者のチェックイン前、チェックアウト後に荷物を受託するサービスを、内容物のチェックやセキュリティを考慮せず実施しているホテルが多いが、現代においてはホテル以外では考えられない牧歌的なサービスになりつつある。規約を確認せず高価な美術品を預かって(預けて)しまったり、危険物を預かってしまったり、宿泊施設と利用者双方にリスクが発生していないだろうか?


永山久徳氏

 
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