先日、祖母の一周忌法要を営んだ。コロナ禍ということもあり、参加者は家族だけだったが、103歳で他界した祖母をしのび、お寺で食事もした。法要の折の会食を「お斎(とき)」と呼ぶが、読経など供養だけなら「法要」、その後のお斎も含めて「法事」というのだそうだ。
母方の菩提寺は、曹洞宗大本山総持寺。曹洞宗の開祖道元禅師は、日本における精進料理の基礎を築いたとされる人物であり、曹洞宗では掃除などの作務(さむ)や坐禅同様、料理も食事も仏道修行の一つと考えられているという。だから提供される料理は、修行僧が調理する精進料理である。
ご承知の通り精進料理は、殺生を禁ずる仏教の教えに従い、肉や魚など動物性たんぱく質を排除している。だが、野菜なら何でもOKではなく、「五葷(ごくん)」も用いてはならない。五葷とは「五辛(ごしん)」とも言い、辛味や臭気の強い5種の野菜のこと。時代や宗派、地域によって違うようだが、現在の曹洞宗では、ニンニク、ネギ、タマネギ、ニラ、ラッキョウの五つだそう。これらを食すと煩悩が生じ、情欲や憤怒の心を増進させるため、禁じているのだという。
さて、肝心のお料理はというと…。個室のテーブルには、大小さまざまな朱塗りの漆器に盛られた、14品もの料理が並んでいた。何だかゴージャスな雰囲気だ。
かつお節は使えないから昆布と干しシイタケの精進だしだが、なんとも上品で良いお味。手鞠麩(てまりふ)と布ノリ、ニンジン、三つ葉という至ってシンプルな具のお吸い物なのに、滋味深い味わいだ。
坪椀(つぼわん)はごま豆腐。ゴマをすりつぶし、葛粉と合わせて滑らかになるまで練るという手間のかかる工程が調理も修行のうちという考えに合致し、精進料理の代表選手となった。寺によってゴマの濃さや硬さなどに特徴がある。こちらは柔らかめでネットリもちもち、とろりとかかった餡(あん)と相まって優しいお味。わさびのアクセントでお酒のアテにピッタリ。おっといけねぇ、筆者は煩悩だらけ。
煮物は、味の染みた湯葉やこんにゃくが美味。野菜天ぷらは、ナスやサツマイモに銀杏など、掻敷(かいしき)の紅葉と共に秋の装いだ。深鉢はサトイモの煮揚げ。紫のモッテ菊と黄菊、揚げ春雨があしらわれ、彩りと立体感が見事に演出されており、芸術的だ。
雁(がん)の肉に似ているから「がんもどき」と呼ぶように、精進料理を動物性の食材に似せた「もどき料理」と称することもあるが、甚だ失礼だ。手間暇かけて味付けや見た目に創意工夫を施したそれらは、単純な肉料理や魚料理より、ずっとオリジナリティがある。そして植物性の食材であっても、それらはみな固有の生き物であり、動物でも植物でも、それが尊い命であることに変わりはない。
マイタケご飯にたどり着くまでに、すっかり上機嫌になってしまったが、祖母も呑兵衛だったからきっと許してくれるだろう。それよりも、「いただきます」と言うだけじゃなくて、命をいただくことへの感謝を忘れちゃダメよと言われているような気がした。
※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。