菅義偉首相が突然に退陣を表明した。日本で五輪が開催された年には必ず首相が退陣するという「退陣ジンクス」の5人目に名を連ねることになる。早くも「四面楚歌退陣」「行き詰まり退陣」「投げ出し退陣」などと揶揄(やゆ)されており、伊藤博文以来、99代目の宰相はコロナ禍という国難の最中に在任約1年で無残な退陣になる。
菅首相は官房長官の時から一貫してインバウンド観光立国政策を強力に推進してきた。日本のインバウンドは、11年621万人、13年1036万人、15年1974万人、17年2869万人、19年3188万人という驚異的な激増が生じた。
WEF(世界経済フォーラム)による「旅行・観光競争力レポート」の総合ランキングでも日本観光の評価が急上昇した。11年22位、13年14位、15年9位、17年4位、19年4位へと急上昇した。一方で、インバウンド観光立国の成功とは裏腹に、安倍政権・菅政権の下で日本の各地方における少子高齢化に伴う諸々の衰退が明らかになっており、コロナ禍の深刻化によってさまざまな格差の拡大が顕著に露呈している。
フランスの歴史人口学者エマニュエル・トッド氏は現代最高の知識人と評価されている。トッド氏は、ソ連崩壊、リーマン・ショック、アラブの春、ユーロ危機、英国EU離脱などの予言を的中させており、予言者としての評価も高い。
さらにトッド氏は、コロナ禍の発生以前に経済危機、格差拡大、ポピュリズム、人種差別、難民、テロ、トランプ旋風、英国EU離脱などの現象は「グローバリゼーション・ファティーグ(グローバル化疲れ)」によるものであり、80年代の英国のサッチャー首相と米国のレーガン大統領の登場以来、英米主導で推進されてきた「新自由主義とグローバル化の終焉(しゅうえん)」の始まりを示す兆候と見なしていた。
英米やEUなどの先進諸国ではコロナ禍以前に既に「グローバル化疲れ」が深刻な問題になっていたが、日本では安倍政権の下でインバウンドが驚異的に増加したために問題視されなかった。安倍政権・菅政権はグローバル化と新自由主義に立脚する「観光の量的拡大」を意図したインバウンド観光立国政策を強力に推進してきたが、コロナ禍の深刻化に伴って現実的ではなくなっている。
多くの国民はコロナ禍を通して「観光ファースト」よりも、もっと大切な日々の暮らしや命に関わる物事が軽んじられてきたことに気づいている。少子高齢化の進展とコロナ禍の深刻化に伴って、観光立国政策の大転換・システムチェンジが不可欠になっている。
日本では今後「観光の量的拡大」よりも「観光の質的向上」に力点を置いたバランスのとれた観光立国政策への大転換が必要になる。その際に、各地域の民産官学の協働で地域資源の持続可能な活用を図るとともに、地域主導による自律的観光の推進が最も重要になる。
今後の日本の観光立国政策は厳しい少子高齢化を視野に入れて、ポストコロナにふさわしい「暮らしと命の輝く国づくり、地域づくり、人そだて」を目指すべきである。
(北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)