【旅館経営 タテ・ヨコ・ナナメ 187】抜け出す経営への原理原則6 高付加価値化8 佐野洋一


 (5)食事(続き)

 食事で高い付加価値を実現する方法について考えている。

 旅館ではよく、料理を出す際に次のような言葉が添えられる―「こちらお造りでございます。手前から、タイ、マグロ、ホタテ、紋甲イカです」、「芝エビの茶碗蒸しでございます」―悪いわけではない。これから食べようとするものが「何であるか」は分かる。しかしこれだけでは、まず食べて終わり。よほど豪快な盛りっぷりでもない限り、残念ながら印象には残らない。

 ではどんな説明内容を加えたら良いか?…。まず思い浮かぶのは、その食材の産地や生産者、ブランド(「○○牛」など)といったものだろう。それはそれでよい。「地産地消」はローカル色を表現する定石である。だが筆者の私見では、これよりもっと強く、料理を印象付けるものがある。

 それは「調理法」だ。ややこねくった言い方をすれば、「料理として仕上がるまでのプロセス」―これについて調理人の方から話を聞くことがあるが、想像以上に複雑な工程や味付けを経て作られていることにしばしば驚く。こういうことは、見ただけでは分からない。なおかつ、語り草としては食材よりも深みがある。

 料理の説明にはそれなりの時間がかかる。またサービスする人の知識や熟練も求められる。この人手不足の時代、なるべくそういうことは省きたいところかもしれないが、前回ふれたお品書きと同様、「必要だから説明する」という義務ではなく、付加価値を高める「攻め」の手段と位置付けてみてはいかがだろうか。

 さて、料理の付加価値を高める着眼点として、もう一つ考えてみたいのが、提供方法である。結論から言えば、「普通の提供とは違う出し方」をすることだ。

 例えば、ワゴンの活用が考えられる。ワゴンでテーブルを回って歩き、いくつかの料理の中から好みの品を選んでもらう、あるいは望むだけの量を取り分けてあげるといった方法。またアツアツの料理をワゴンで運び、客前でスープをかけて、ジュージュー音を立てるような演出はどうか。これを調理人が登場してやれば、印象も一段と高まるだろう。

 余談だが、この時、調理人が名刺を配るとよい。前にも述べた「お客さまとのパーソナルな関係」を築く絶好の機会となる。

 場所を変える手も効果的だ。最後のデザートを、あえてラウンジなど別の場所で提供する。これは、なるべく館内でいろんな場所、シーンを体験してもらうという意味でも価値がある。ただしその場合、できればわざわざそこまで足を運んでもらう理由となるモノ、提供方法、あるいは付加サービスを工夫したい。

 旅館料理の価値観は、長らく「食材の価値」にとらわれてきた感がある。「高価な食材」を用いることが「良い料理」につながっていた。だがこれは、いわば「原価の価値」である。「100グラムいくら」で量られる価値なのである。そうではなく、今こそ付加価値の勝負に持ち込もう。「高価な食材」から「こだわりの食材」へ、そして調理法、食事の楽しさ、文化を価値とするのだ。

 これらの価値は、もはや食材物価の物差しでは量りようがない。その結果、食材原価率はどんどん下がる。そして付加価値生産性が高まるのだ。

(リョケン代表取締役社長)  

 

 
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