西郷さんが愛した鹿児島県指宿市の鰻(うなぎ)温泉を久しぶりに訪ねたら、NHK大河ドラマ「西郷どん」の放送でたくさんの観光客がやって来ることを見込み、温泉地が一変していました。
そもそも鰻温泉とは、「鄙(ひな)びた温泉」という言葉が実によく似合う。いや、むしろ鄙びた温泉とは鰻温泉を指すためにある言葉と思えるほどの秘湯だったんです。少なくとも、2年前に来たときまでは。それが大きく変身し、インスタ映えする可愛らしい温泉地になっていました。
まず鰻温泉集落に入るバス停横の道路沿いに、ちょこんと置かれた犬の石像が目に入りました。目がくりんとしたドングリ目が愛らしい犬で「シロ」という表記もあります。
西郷どんは明治7年に従者2人と犬を13匹連れて鰻温泉にやって来て、1カ月ほど滞在したといいます。13匹の犬にはそれぞれ名前を付けて、西郷どんは溺愛していたそうです。その逸話をモチーフに、鰻温泉を散策すると13匹の犬に会える集落に変わっていました。
13匹を探して集落を歩きました。犬の石像はちょっとずつ違います。ムチッとした体つきの「ジョウイカ」、舌を出している「サワ」、しっぽがハート型をした「ブチ」もいました。それぞれ西郷さんがかわいがった犬の名です。
鰻集落で暮らす皆さんからも石像は愛されていて、1番人気は「ツン」だそうです。私は最も整った顔をした「シロ」が好みでした。温泉地にいて、こんなにも笑みがこぼれて、愉快な気持ちになるなんて。
鰻温泉といえば、もともと共同浴場「区営鰻温泉」が集落の真ん中にあります。この建物には変化はありませんでしたが、やはり犬の石像は設置されており、道路をよく見ると犬の足跡が。足跡をたどると、路面にハートの模様まで。これら小技も笑顔にさせてくれました。
区営温泉の中も素朴なままで、入ると簡易な脱衣場があり、その先にタイル張りの浴場の真ん中に楕円(だえん)形の湯船が一つだけ。単純硫黄泉のとろとろの熱い湯が湯船いっぱいに注がれています。ブラボーといった湯です。
鰻温泉地区の各家庭には温泉の蒸気で野菜や卵を蒸す天然かまどの調理器具「スメ」があります。集落の変化とともに、観光客もスメを体験できる広場も作られていました。
「何もないのが魅力と愛されてきました鰻温泉ですが、何か変化が起きるとしたらこのタイミングだと思いました。ここで暮らす皆さんも喜んで下さっています。あとは…大河ドラマの中で鰻温泉が出てきて、西郷どんが温泉に入ってくれたらいいのですが…」と、集落の変化に一役を担った指宿市役所観光課の花木かおりさん。祈るような目でそう言っていた花木さんは市役所の夏のユニホームであるアロハシャツがよく似合う美人さんです。
「西郷どん」制作スタッフの皆さま、どうぞ鰻温泉をフィーチャーしてください。
(温泉エッセイスト)