NHK大河ドラマ「西郷どん」も始まり、2018年は鹿児島へ旅を考える人も増えていくのではないでしょうか。西郷さんも温泉好きではありますが、それはドラマが進む過程で、西郷さんと温泉について触れたいと思います。
WOWOWでは向田邦子原作のドラマ「春がきた」も始まりました。鹿児島は向田さんにとって幼少の頃を過ごし、第2のふるさととしていとおしみを持っていた特別な地です。
随筆「眠る盆」に収録されている「鹿児島感傷旅行」は、乳がんにおかされた時に鹿児島を再訪したいという気持ちがわきあがり、実行する一編。その中で、滞在先の温泉ホテルから眺めた桜島の描写があります。
桜島といえば、サン・ロイヤルホテルの窓から眺めた夕暮の桜島の凄みは、何といったらよいか。
午後の太陽の光で、灰色に輝いていた山脈が、陽が落ちるにつれて、黄金色から茶になり、茜色に変わり、紫に移り、墨絵から黒のシルエットとなって夜の闇に溶けこんでゆくありさまは、まさに七つの色に変わるという定説通りであった。
あれも無くなっている、これも無かった―無いものねだりのわが鹿児島感傷旅行の中で、結局変わらないものは、人。そして生きて火を吐く桜島であった。
初めてこの描写に出会ったのは大学の頃だったように記憶しています。
それ以来、鹿児島を訪ねると向田さんが語った桜島の風景を追いかけるようになりました。
向田さんが愛した桜島―。
実際、向田さんが言う通りの表情豊かな桜島を見たことがあります。熊本から観光列車「はやとの風」に乗車し、山から下りてきて、錦江湾が見えた瞬間に正面に鎮座する桜島が、そうでした。真近で桜島を仰いだその日は、変わりやすい天気で、山肌にあたる陽の加減により、キリリとした桜島から、ほんのり柔らかな桜島まで列車の中から眺められ、向田さんの随筆の追体験ができて喜んだのをよく覚えています。
観光ガイドだけが旅を誘う要素ではありません。ある言葉、ある文章、あるドラマ、さまざまな要素が旅をしたいという気持ちを喚起させるのです。
(温泉エッセイスト)