【山崎まゆみの「ちょっと よろしいですか」8】地方創生の新たな鍵は、プロのストーリーテラー 温泉エッセイスト 山崎まゆみ


 今年5月に刊行された「蕎麦(そば)、食べていけ!」(光文社)をご存知ですか。鄙(ひな)びた温泉地を舞台にした、痛快町おこしエンターテインメント小説です。かつて栄えた温泉地が元気をなくし、その町をふるさとに持つ若者が観光客を呼び込もうと祭りを企画。そのメインイベントが蕎麦打ち。作家の江上剛さんがご執筆されました。

 江上剛さんといえば、第一勧業銀行(現・みずほ銀行)ご出身で、その経験をもとに「非情銀行」でデビューされ、いまも日本経済の動向を題材に、思惑うずまく人間模様を緻密な筆致で描かれる超人気作家。著作の多数が映像化され、今年はテレビ東京月曜22時からのビジネスドラマ枠で「ラストチャンス 再生請負人」が放送されました。主演の仲村トオルさんの好演もあり、かなり評判を呼んだドラマでした。そしてダンディな江上さんは、ニュース番組のコメンテーターのお仕事もされています。

 そもそも、経済小説の名手が、なぜ、町おこし小説を書いたのか。それはご友人で料理研究家の枝元なほみさんを介して、老神温泉の人と出会い、老神温泉に通ったからだといいます。江上さんは面倒見が良く、人情味あふれる方です。老神温泉の人たちの「小説を書いてほしい」という気持ちにほだされ、執筆に向かわれたのでしょう。

 そんな江上さんと私との出会いは、2009年に出版した拙著「ラバウル温泉遊撃隊」を書評していただいたことにあります。先日、久しぶりにお会いしましたら、私を見るなり開口一番、「山崎さん、『蕎麦、食べていけ!』で、老神温泉の皆さんがすごく喜んで下さってね。僕、小説を書いてきてこんなにうれしいことはないよ。『これは僕がモデルか?』なんてね、言ってくださるの(笑)」。顔をほころばせた江上さんが忘れられません。「映像化できれば、老神の人はもっと喜んでくださるよね~」と、そこまで気を回されていました。

 全国の観光地を取材で訪ねると、皆さん、今後の町づくりの課題で頭を悩まされています。時流は、シンプルな情報をSNSで発信すること。ただ、それは付加価値がない一過性の情報でしかありません。

 「蕎麦、食べていけ!」の舞台となった群馬県沼田市の老神温泉では、地元の人たちがモデル探しに沸いています。地元の高校では文化祭で、小説の人物相関図を展示した企画展も開催。そこには映像化された際の希望キャストまで掲げられてあり、弾んだ気持ちが手に取るように伝わります。

 こうしたプロのストーリーテラーが土地の物語を紡いで下さってこそ、価値が付くのです。まずは、プロの小説家が描いた町おこし小説「蕎麦、食べていけ!」を読んでみてください。

 江上さんに、今後もこうした小説を書いて下さるか、尋ねてみました。

 「小説のご依頼をいただくのはとてもうれしいのです。ただ、執筆の予定は先まで埋まっていますので最低3年はかかりますが、そのあたりをご理解くだされば」とほほ笑まれました。

 このようにプロのストーリーテラーの力を仰ぐことは、地方創生の新しい形になるに違いありません。

(温泉エッセイスト)

 
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