
山崎氏
前回は、温泉地で仕事をしてきた私の体験談をつづりましたが、今回はワーケーション事業の好事例をお届けします。温泉地でもさまざまな取り組みが行われていますが、興味深いのが嬉野温泉です。
嬉野温泉は、月額17万5千円で温泉旅館の客室をレンタルする「サテライトオフィス」を実施しています。その背景には、佐賀県と嬉野市が支援する「企業立地協定」があります。このプランはコロナ禍に思いついたことではなく、それ以前の2019年秋から佐賀県と嬉野市に交渉を始め、2020年3月5日に発表に至りました。
例えば、嬉野の旅館「和多屋別荘」が月額70万で貸し出す。賃貸料の70万のうち、半額の35万は佐賀県が補助。さらに17万5千円を嬉野市が負担することにより、借りる企業の負担額は17万5千円となる仕組みです。入居条件は嬉野市に住民票を置く3人を雇用すること。
企業にとっては月に17万5千円を払うだけで旅館の1部屋と美肌の湯の嬉野温泉に入り放題というウマイ話のように見えますが―。
「補助金が付くといっても、後から支払われるわけなので、最初は企業が立て替える必要があります。年間の家賃は840万。雇用する3人の人件費も含めると年間2千万はかかるため、ハードルは高いと思います。でも、いいんです。旅館が不動産業をやるわけでなく、一緒に嬉野の未来を切り開いてくれるパートナー企業に入っていただきたいですから」と、和多屋別荘・小原嘉元社長が話してくれたのは、昨年の今頃です。
今年の2月に嬉野を訪ねると「サテライトオフィス」は順調に回り始めていました。「今年の4月時点で5社と提携しました。デザイン事務所、デジタルプロモーション企業、富裕層インバウンドマーケティング企業、オウンドメディア運営企業などと、当初のもくろみ通り、嬉野を支援する企業です」(小原社長)。
加えて、経営者に特化したワーケーションを実施していました。
「バトラー制度を作り、電車やフライトのチケットも取り、タクシーの手配なども行います。経営者にうちでワーケーションを体験して、気に入ったらサテライトオフィスもお考えいただきたいという狙いがあります」(小原社長)。
嬉野にはもう1人、元気な若旦那・大村屋の北川健太社長がいます。北川社長が目指すのは交流できるワーケーション。「これからは、集客のために大きな箱モノを作ることはせずに、嬉野で暮らす生活を普通に見せ、嬉野で暮らす人と交流を持てる『暮らし観光』です」というのが北川社長のお考えです。
交流の場として、かつて佐世保の船舶組合の保養所だった建物を購入し、「リバーサイドハウス」と命名。現在はここにイラストレーターと陶芸家の夫婦が暮らしながら、2人の制作工房にもなっています。1階にはコーヒーショップがあります。
「嬉野温泉は、若い人が自由に活動できる場所がなかったんです。空き家もなければ、広いスペースもない。交流人口を増やしたかったので、リバーサイドハウスでようやく実現しました」と笑顔を見せる北川社長。「『嬉野にワーケーションに来れば人脈が広がる』、そんなふうに思ってもらえる場を提供したいですね」。
実は、リバーサイドハウスにある大きなキッチンを才能あるシェフに提供したいと考えています。「期間限定のレストランとか、いいですよね。どんなに才能があるシェフでも、いきなり独立は難しいでしょうから、ここで試してもらいたいです。佐賀は器の産地ですから、器選びも意識した料理を出してほしい」。
北川社長は文化のパトロンを目指しています。
(温泉エッセイスト)