【ちょっとよろしいですか 187】観光に行く、宿に泊まることの 概念を広げていくこと(1) 山崎まゆみ


 先月掲載された私の連載原稿2回分は、昨今の自然災害も影響して、観光地や温泉地の経営の難しさ、温泉宿の存続の厳しさをつづりました。

 今回は、私から皆さんへご提案をします。

 余暇やレジャーとしての観光・宿泊のイメージから、目的を広げていく努力をしていきませんか。

 観光や温泉は、従来は「遊興の場」でした。昨今は「癒やし」も加えられてきましたが、ただやはり「遊び」の一環であることは否定できません。そこで「癒やし」の流れをさらに広げて、「健康でいるために温泉へ」「疲れたら温泉へ」「人生を豊かにするために温泉へ」といったイメージへ拡充していくのです。

 いわば「生きていく上で、温泉はなくてはならないもの」と思ってもらいたいのです。

 厳しい現代を生き抜くために「温泉に行く」「旅館に泊まる」「旅をする」ことは必須の手段とでもいいましょうか―。

 拙著の河出文庫「ひとり温泉」を事例にご説明します。
「ひとりで温泉を旅すること」と「おいしいごはん」をテーマに、全国津々浦々を旅したエッセイの「ひとり温泉」シリーズが好調です。

 今月には、2023年に刊行した『温泉ごはん 旅はおいしい!』の改題・新装版として『ひとり温泉 旅はおいしい!』を出版しました。シリーズ全冊、カバーは同じイラストレーターさんに女性が温泉とごはんを楽しんでいる様を描いてもらい、統一感を出しています。こうした文庫のシリーズを持てたことは物書きとしてとても幸せなことです。

 読者からは、「子育てが落ち着いたら『ひとり温泉』をするのが夢です!」といったお便りを数々いただきました。つまりヒットしたのは、従来の独身者を指す「おひとり様」層だけでなく、むしろ既婚者による「ひとりになりたい」「自分へのご褒美の時間を持ちたい」という潜在的ニーズに刺さったからだと分析しています。

 そのことを踏まえて、刊行したばかりの「ひとり温泉」シリーズ3冊目の帯では「がんばる人ほど、ひとり温泉へ」とうたいました。

 その意図は、温泉や食、ひいては旅に興味はない方でも、拙著を手に取っていただくことです。「ひと時の癒やし」を欲する層にもアプローチしたいという狙いです。

 温泉地や宿のうたい文句としても、「がんばる人ほど、温泉へ」は参考になりませか。

 あるいは「ちょっと疲れたら来てください」といったフレーズで誘ってみるのもいいかもしれません。 

 利用者は、その気軽さを求めています。

 昨今の宿泊業界の内情も、人手不足ゆえに、あるいは料理人の不足ゆえに、従来の1泊2食付きの旅館から、素泊まりや朝食のみ付く宿泊プランが増えています。

 ニュースでも、「泊食分離」や「イチアサ(1泊朝食)」の宿泊スタイルが話題になりがちですが、この流れをむしろ好機と捉えましょう。

 もちろん1泊2食付きの由緒正しき温泉旅館を体験することに大きな意味があるのは、言わずもがなです。

 でも、日常からちょっと離れて、自分の心身を復調したいだけの旅には、ハレの膳のごちそうは重たく、夕食の時間に縛られない「素泊まり」や「イチアサ」は好都合なのです。

 もっともっと温泉の門戸を開きたい。

 2030年に「温泉文化」がユネスコ無形文化遺産に登録されるまでに、日本人と温泉の距離を近づけたい、温泉をもっと理解してほしいという願いが私にはあります。

 (温泉エッセイスト)

 
 

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