【一寸先は旅 人 宿 街 1】手垢に塗れた四つの言葉 神崎公一


 筆者は文章を書く時、使うことを避けている言葉が四つある。それは「絶景、絶品、堪能、満喫」だ。例えば「見渡す限り絶景の海原が照り輝き、壮大な景色が堪能できた。宿に戻り、絶品と称されている魚料理を満喫した」。これら四つは、言い得て妙な表現である場合もあるのだが、使うことには抵抗がある。

 なぜ引っかかるといえば、「本当に絶景なのか」「本当に絶品なのか」「もしそうなら、もっと具体的に感激した思いが文章としてほとばしるだろう」という思いからだ。そう目くじらたてなさんな。お前がどれほどの名文を書けるのかとのお叱り覚悟の上での今回の項である。

 文字数が限られている記事の見出しやパンフレット、本やテレビの旅番組、商品名、宿名では使いやすいし、印象に残ることから用いるケースもあろう。ただ、記事本文では具体的に書くようにしているし、旅行雑誌の編集長として原稿チェックの際には必ず直しを入れていた。

 前述の「見渡す限り絶景の海原が輝き、壮大な景色を堪能した」は、「見渡す限り群青の海原に光が反射し、そこに白い波頭が現れては消え、消えては現れ、心が晴れ晴れとした」と書けないだろうか。文字数が増えてしまうのは、他で調整すればいい。

 新聞記者時代、まるでその光景を見てきたようにルポを書く先輩がいた。1980年代初頭、ある稲作地帯で農協に供出するべきコメをヤミ米業者に密売する農家の様子を次のように描写した。

 「深夜、軽トラックのエンジン音が近づいてきた。ヤミ米業者だ。虫の音が止んだ。農家の雨戸をトントンと叩くと、雨戸が10センチほど空いて、家の中から光が夜の戸外にもれる。今日はどれくらいもらえるかね」。実際に目にしたのではないかもしれないが、農家の人にヤミ米業者とのやり取りの状況を聞き、周辺の様子を仔細(しさい)に観察しての一文だろう。農家の呼び鈴を押したではなく、雨戸をトントンとたたく描写は、当時の農家に呼び鈴やインターホンがなかったのかもしれないから、よりリアリティが感じられる。

 要は、具体的に描写すれば、原稿に奥行きが出る。冒頭に書いた絶品のおいしさなら、どのような味わいなのか。五感に訴えかけてほしい。「潮の香が漂う食事処で、刺身と新鮮な魚を骨ごと煮込んだあら汁でご飯が進んだ」とあれば、食べてみたくなる。

 さらに、最近のブログなどでよく目にしたり、テレビの街頭インタビューなどで耳にした話し方はむしずが走る(これも手垢に塗れた使い方?)。それも若い人ばかりでなく、年齢に関係なく口にしたり、文章にしたりするから、情けないやら、自分が馬齢を重ねた(これも常套(じょうとう)句)からと思ってしまう。

 それは、「メチャおいしい」や「チョーおいしい」の類だ。「ガチおいしい」も広まっているかもしれない。話し言葉は追認され、辞書に取り込まれ市民権を得ることもある。しかし、あまりにくだけた話し言葉を使うのも気になって仕方がない。

 本紙読者も、リリースなどの情報発信やウェブサイト作成の過程で、「具体的に書く」「シニアが首をかしげないように書く」を頭の片隅に入れておいていただければ幸いである。

(日本旅行作家協会理事、元旅行読売出版社社長)

 
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