おわら風の盆(富山市)
越中・富山に秋の訪れを告げる「おわら風の盆」は、毎年9月1日から3日まで歴史と暮らしが息づく坂の町・八尾(やつお)で開催される。誕生には諸説あるが、二百十日の大風を鎮める豊年祈願と盆行事が融合し、300年以上の歴史があるとされる。
編み笠を被った無言の男女が、胡弓や三味線の情感豊かな地方(じかた)の演奏と、四季や情景を甚句で描く「越中おわら節」の囃子(はやし)にのせて踊る幻想的な姿は、一度観た者の記憶に深く刻まれる。蛍とりに興じる姿も気品に満ちた「女踊り」、案山子(かかし)の立ち姿や勇壮な動きの「男踊り」、そして誰もが参加できる「豊年踊り」があり、燕の宙返りや稲刈りなど、稲作ゆえんの所作も特徴だ。
「おわら風の盆」は、1980年代にドラマや小説の題材として一大ブームを生み、最も有名な盆踊りといって過言ではない。会期中は11を数える各町でそれぞれ特色ある舞台踊りや披露が行われるものの、実は夜更けの「町流し」こそ、おわらの真髄である。舞台は若者だけで構成されるが、流しでは笠を被らず素顔をさらした踊り子と地方たちが、自分たちのために町中を練り歩くのだ。
熟練の踊り子による絶妙な間や所作は、人生をそのまま投影したようで、観る者の心を奪う。三味線のバチや衣擦れの音、空気を震わせる演奏は、肺までもおわらの空気で満たし、全身がおわらの世界に浸る。最終日の流しは夜通しで行われることが常だ。
明けて4日には福島の若手が始発電車を踊りで見送る「見送りおわら」も名物となっているが、諏訪町で朝5時に行われる最後の輪踊りを見逃してはならない。朝焼けの空の下、日本の道100選の一つである石畳のなだらかな坂に踊りの名手が集い踊る姿は、生涯忘れえぬ経験となるだろう。そこには祭りの終わる寂しさの中、踊り切った満足な笑顔があふれている。
「浮いたか瓢箪(ひょうたん) 軽そに流るる 行き先ゃ知らねど あの身になりたや」
最後の唄を耳にした時、誰もが翌年再びこの町に来ようと心を決めているはずだ。
(盆バサダー〈盆踊りアンバサダー〉・佐藤智彦)
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石畳の諏訪本町通りを進む踊り子たち