先日、小田急グループの箱根の宿泊施設「はつはな」(9月11日リニューアルオープン)の試泊会に参加しました。
「コロナ以前からの計画でしたが、狙いはコロナ禍の時勢に適していました」と支配人の奈須由美さんは説明されました。
コンセプトは「心と五感が満ちる静かなとき」。「よりゆったりとプライベート感を高めた客室」とうたっています。
かつて47室だった客室数を13タイプの客室計35室に。2部屋を1部屋にまとめて広くした客室もあり、全室に自家源泉を引いています。
スロープカーで移動する大浴場も改装し、このたび、無料で利用できる四つの貸し切り風呂を新設しました。
それぞれに浴室とパウダールーム、くつろぎのスペースが用意されていますが、四つの貸し切り風呂はロケーションが異なります。「川音の湯」は寝湯と立ち湯(公式には深湯と呼びます)が備わり、湯がしたたり落ちるインフィニティスタイルで、渓谷が目の前に広がり須雲川の川音が届く露天風呂。瞑想するのに適した「静寂(しじま)の湯」。幻想的な光を演出した「明灯の湯」。水盤に渓谷が映る「水面の湯」は車いすの方も利用しやすいお風呂です。
メインダイニングは31室の半個室を新設。料理はモダン懐石で前半は和風、後半は洋食の要素を取り入れたコース。ワインのペアリングを用意するだけでなく、ソフトドリンク派にはうれしいお茶のペアリングも。
サステイナビリティを意識し、「かながわプラごみゼロ宣言」の取り組みとして、歯ブラシやヘアゴムなどのアメニティは置かず、環境に優しい素材のものを販売しています。
宿泊価格は1泊2食付き1人4万3千円から。
どこもかしこも気品が漂っていた旧「ホテルはつはな」が好きだった私はその印象が変わっていなかったことにまずは安堵(あんど)。エントランス前の桜並木はそのままに、桜をモチーフにした新しいロゴのかわいさには愛着さえ覚え、そのロゴをあしらった浴衣も気に入りました。夕食の乾杯酒で出されたサクラのリキュールも心躍りました。従来からのファンとしては、好きだった要素は残り、時流に合わせて改修していたことに納得。くつろぐ旅館においては、大きな変化よりも進化を求めるものだと改めて実感しました。
現在、観光庁の高付加価値事業などを活用し、これまで1泊2万円ほどだった客室を改修して、1人3万円後半から4万円台へと価格帯を変えている宿泊施設を見かけます。この価格帯を利用するお客さんがどれほどいるかは、未知数でないのではないかと私は感じています。ですから、その価格帯を利用するお客さんに確実に選んでもらわなければなりません。
そのためには、付加価値として宿の独自性を魅力的に伝える必要があります。宿側が、施設の新しさやサービスの質など、分かりやすい表層的な情報のみを発信するだけでは、今後リニューアルしてくる施設に負けてしまう。施設はいつか古くなるわけですからね。お客さんにとって絶対的な価値を持つ宿になること。ロイヤリティの高い顧客をいかに増やすか。それが本連載でたびたび訴えてきた「ファンビジネス」です。
昨今、SNSで取り上げられることを重きに置く風潮もありますが、SNSの短い文章や表現では、宿の独自の文化や理念は伝えきれません。
先月、跡見学園女子大学春学期の「取材学(観光取材学)」の集中講義を終えました。ゲストスピーカーに、情報番組を40年制作してきたテレビマン、多数の人気漫画を世に送りだしたヒットメーカー、多くの文芸作家から信頼の厚い文芸編集者にお越しいただきましたが、彼らは一様に、「無料で得られる情報だけに頼るのは危険。文化を衰退させる」と言います。この話は次回、詳しくつづらせていただきます。
(温泉エッセイスト)