跡見学園女子大学で「温泉と保養」の授業を受け持ち、丸5年の月日がたちました。2021年度からは「温泉と保養」に加えて、集中講義という授業スタイルで「取材学」も受け持つことになりました。
「取材学」の概要は、「テーマを探す、下調べをする、人に会う、見る、聴く、メモを取る、素材を構成する、まとめる、報告する、といった、一連の『取材』に関する流れを体験する。その成果として、ルポ記事を書き、その内容を吟味、検討する」というものです。
いわば私の仕事そのもので、私にとってはあまりにも毎日の出来事を学問扱いするのは戸惑いましたが、「取材学」初年度の授業を終えて、観光業界における取材の価値を思い知ることとなりました。
昨今、各観光地の皆さんが力を注いでいらっしゃる「魅力を発信する」こと。そのためには、「取材をする」「情報を精査し、吟味する」作業が、どれほど重要な意味を持つか―。
ただ単に「情報を流せば済む」ということではないのです。多くの観光地が、同じような観光素材を似たような言葉を介して伝えても、残念ながらお客さんの目には留まらず、また心にも届きません。情報をカタログのように並べるだけでは、誘客にはつながる可能性は極めて低いのです。
「取材学」ではまず、自著でありノンフィクション作品の「ラバウル温泉遊撃隊」(新潮社)、人物評伝「白菊」(小学館)を教材に、取材テーマを探す、下調べをするなどという基礎を教えました。ポイントは「誰に、何を伝えるための取材なのか」ということです。
また、取材といってもフィクションとノンフィクションとでは異なります。エンターテインメント(漫画や小説)の制作のための取材については講談社のベテランの漫画編集者を、ノンフィクションの取材についてはwebやテレビのニュース現場を知るヤフー株式会社メディア統括本部ニュース編集部の方をお招きし、それぞれの取材のコツや現場の話をしてもらいました。
またインタビューの人選、取材の段取り、取材項目の作成、人に会う、話を聞くに関しては、自著「女将は見た 温泉旅館の表と裏」(文春文庫)を教材に、私が女将にインタビューする様子を学生さんに見てもらいました。この時に草津温泉女将の会・小林由美さんに取材をした内容は、今後、「オール讀物」(文藝春秋)で連載中の「温泉女将の仕事術」に書く予定です。
そうした取材のベースを学んだ上で、昭文社の編集者に「ことりっぷ」を題材に、ガイドブック制作現場における情報の選定の仕方などを教えてもらいました。
学生さんたちが取材を実践したのは「表参道・新潟館ネスパス」。実際に取材に赴いて、「新潟」と「ネスパス」について、各自に原稿を書いてもらいました。その原稿を、観光経済新聞の江口英一さんに講評していただくという、ゲストスピーカーが豪華な授業となりました。江口さんには新聞記事執筆の心得を元に、明確に事実を伝える手法について教えていただきました。
本年度はオミクロン株のせいで、履修生が大幅に減少してしまったのですが、その分、授業やフィールドワークを丁寧に実施できました。また履修生は観光業界に就職する学生さんではなかったので、それならば社会人になって報告書を書くコツを修得できるような授業にしようと意識しました。
2022年度で6年目となり、また「観光温泉学(温泉と保養)」と「観光取材学(取材学)」を教えます。教えるどころか、学生さんからたくさんの刺激をもらっています。
(温泉エッセイスト)