和田氏
――経歴は。
「旅館の次男なのですが、年の離れた兄が違う世界に進んだので、子どもの頃から将来は旅館を継ぐものと思って育ちました。東京の大学を出た後、ホテルオークラでホテル業を、パソナグループで人材や起業の最前線を学んだ後、伊東の温泉旅館のオープニングスタッフとしてフロントからブライダルまで関わりました。28歳で下関に戻ってくるまでに、さまざまな施設を見ましたが、『旅館とホテルは何が違うのか』というクエスチョンは持ったままでした」
「戻った当時、まだ父は現役社長でしたので、今まで培ってきたノウハウを地域のために展開しようと考えました。そこで官民一体の組織を作らせてもらい、観光客を1年で100万人増やすなどの実績を挙げました」
「36歳で社長になると、自動的に旅館組合理事長などの業界の役目が回ってきました。立場上総会などに出るようになったことで、全国での下関の立ち位置を俯瞰(ふかん)できるようになりました」
「その中で感じたのが、地方都市は、人、モノ、カネが不足していて、どうしても行政の予算、補助金に頼らざるを得ない部分があるという現実です。行政を理解し、予算執行をチェックする政治を理解し、政治家を選ぶ選挙について民が理解し、それらを学術的に考える。それで”官民学政”という四つが合わさらないと地域は進行しないと考えるに至りました。その四つの流れの中で、地域のコミュニティであり、税収と雇用を支えている旅館という存在をどう位置付けていけばよいのか―。そんなぼんやりとした課題感はありました」
――大学院での学び直しを決断したのはどういった経緯からですか。
「40歳を過ぎ、どうやって自分の考え方やノウハウを次につなげたらいいのか考えるようになりました。その頃に、現在、下関市立大学の学長をしている韓昌完教授から、体系的にものを考えたり、学術的に残したりした方がいいというアドバイスをもらいました。でも初めは『忙しい』とその気にはならなかったんです」
「韓先生の専門が当時国内では珍しかった『教育経済学』なのですが、子どもの教育にかけた費用が大人になってどう還元されるのか。その経済循環について考える分野と説明を受け、『旅館はどうなんだろう』と思い至ったのです。旅館は地域からの恩恵を、経済を回すことで地域に返している。教育経済学の考え方と自分のアイデンティティである旅館がどうつながるのかに興味が湧きました。ちょうどコロナ禍で商売が止まってしまっていたので、『せめて学びたい』という思いもあり、社会人学生として大学院に入学しました」
「学び始めると教育経済学の『教育にかけた分だけ経済を回さなければいけない』というロジックが非常に面白くて。同時に『旅館は今まで”教育”して、経済を回してきたのか』という課題にぶつかったのです。地域での使命感だけで、一族内でたいした教育もせず、よく分からないまま経済を回している。そんなやり方では子ども含め人は付いてこないと考え、宿泊業を学ぶ仕組みについて研究し始めました」
「海外では『ホスピタリティ産業』として完全に位置付けて、その産業に進む人だけを大学・大学院でガチっと学ばせる仕組みがありますが、日本はどうでしょうか。分業制であるホテルと違い、旅館はマルチタスク。日々の接客はもちろん飲食や雇用、地域との連携、AIへの対応など多種多様な業務がある。以前、ワタミ創業者の渡辺美樹さんに『旅館業はサービス業の極み』と言われたことがあります。にもかかわらず、旅館業を総合的に教える人も場所も整っているとは言えないと感じました」
「またグローバル時代にあって、外資系がどんどん旅館をまねた“旅館風ホテル”をやり始めた。星野リゾートは日本の旅館と海外のホテル運営を組み合わせて、それなりの収益と評価を得ている。おもてなしを学んで、それを継承するという根幹では、母体は関係ない。では今の時代、日本文化の代表・旅館が伝えてきた『旅館道』をどう継承させるか。旅館道の定義からそれを学ぶ旅館学の構築までを題材に、修了論文は『日本旅館における人材育成カリキュラムの構築』をテーマにまとめました。それが今下関市立大で実施しているリカレント講座につながっています。さらにベトナムでの日本式旅館のコンサルティング事業などにもつながっており、学び直したことで世界が広がりました」
――コロナ禍中とはいえ、旅館業と院生の両立は大変だったのでは。
「市立大はその点をよく考えてくれていて、講義が毎週日曜日に集中して行っていたので、日曜に1日抜けるだけでやりくりすることができました。その上対面講義だけでなくオンラインとのハイブリッドだったので、出席できない時もオンラインで受講できました。アーカイブもあるので、もう1回見直すこともできたのも良かったです」
「今まで体系的に学んでこなかったので、毎週の課題や研究で論文を読んだりするのは面白かったです。論文を通して地方部や都市部の温泉地の考えも知ることができるので、地方で何をしなければいけないのかというイメージも膨らみました」
「旅館を知らない他の院生や先生方とのディスカッションでは、たくさんの気付きもあります。私は旅館業界に入ってくれる人のことを想定しているので、業界外の人が理解できない論文は意味がないと思っていました。業界外の人に理解されない部分をどう説明するか考え、解決していくことは非常に重要でした」
――今は教員の立場でもありますが、何が旅館業の学び直しを阻害していると感じていますか。
「地方の経営者の場合は、人手不足です。自分の旅館はもちろんですが、地域内での経済組織や自治組織の担い手が圧倒的に不足しているため、さまざまな団体の役割を掛け持ちせざるを得ない。そうするとどうしても時間や体をそちらに取られてしまいます。従業員レベルでも人手不足の影響は大きく、マルチタスクとはいえ1人抜けた時にどう埋めるかは簡単なことではありません」
「とはいえ10年ほど前まで旅館業は24時間365日体制でしたが、最近は週休2日になってきているところも多いです。2日間のうち1日だけでも学びの時間とするならば補助を出すなど、何かしら背中を押す仕組みを作れば現場レベルでも学びやすくなる。これは観光庁と文部科学省の連携あってこそ。そこには期待したいです」
――学び直しを考えている方へのメッセージを。
「経営者は皆、人や組織に何らかの形で裏切られた経験があると思います(苦笑)。ですが『学びは絶対に裏切らない』。学ぶには時間も必要だし、面倒さもあるかもしれないですが、学んだことは絶対に自分に残るので、ぜひ恐れずに学んでいってほしいです」

和田氏




