公益財団法人日本生産性本部は9月30日、「生産性年次報告2026」を取りまとめ、公表した。2022年から発行している同年次報告は今回で4回目。AIが雇用・生産性・社会に与える影響を多角的に調査・分析した中間報告を中心に構成されており、企業アンケート、労使ヒアリング、有識者ヒアリングの三本柱から得られた知見が詳述されている。
7割超の企業が全社的にAIを導入、目的は「効率化・自動化」が中心
報告書の核心をなすのが、日本生産性本部の人事関連諸活動参加企業92社を対象に実施したアンケート調査(回収33件)の結果だ。調査期間は2026年7月6日から17日。
調査によれば、対象企業のうち「全社的に導入している」が72.7%、「特定の部署でのみ導入している」が15.2%、「実験的にのみ導入している」が12.1%で、回答企業の全てが何らかの形でAIを導入済みだ。導入後の経過年数は「1年以上〜3年未満」が78.8%と最多で、多くの企業がここ数年でAI活用を本格化させた実態が浮かぶ。
導入目的(複数回答)では、「業務の効率化・自動化(AIによる業務の代替・補完)」が100.0%と全回答者が選択。「AIを前提にした業務プロセスへの変革」(66.7%)、「AIを前提にしたビジネスモデルへの転換(新規事業開発を含む)」(45.5%)、「経営の意思決定」(24.2%)と続く。
現時点の雇用への影響は「変化なし」が9割超——しかし5〜10年後は半数超が「減少」見込む
現在の従業員数への影響については、「会社全体の従業員数」で「変化なし」と答えた企業が93.9%に上り、現時点では雇用への影響はほとんど表れていない。「AIを業務に利用している部署の従業員」でも81.8%が「変化なし」と回答し、実際の代替はまだ進んでいないことが確認された。
一方、AIの開発・管理に直接関連する部署では42.4%の企業が従業員の「増加」を報告。AIを導入していない部署では12.1%が「減少した」と答えており、社内での人員再配置が静かに進んでいる実態が示された。
人員管理における対応については、「特に何も行っていない」が90.9%と大多数を占め、AI導入に伴う積極的な人員管理は現時点では少数にとどまる。
だが、将来見通しは様相が一変する。今後5〜10年の従業員数変化の見込みでは、「会社全体の従業員数」が「減少する」と答えた企業が51.5%と半数を超えた。「増加する」は9.1%にとどまる。「AIを業務に利用している部署の従業員」については、「減少する」が45.5%、「増加する」が33.3%で、減少見込みが上回る結果となった。
特に注目されるのが、AIを「経営の意思決定」に活用しようとしている企業の回答だ。この目的を選んだ企業(8社)に絞ると、「会社全体の従業員数が減少する」との回答が75.0%に達した。サンプル数が少ないため参考程度ではあるとしつつ、イノベーション会議座長の大田弘子・政策研究大学院大学学長は報告書の総括の中で「AIが経営や組織の意思決定にまで浸透するようになると、雇用構造に大きな変化をもたらす可能性を示唆している」と指摘した。
「汎用的な事務を担う社員の採用は抑制方向に」——企業・労組ヒアリングが示す現場の実態
企業ヒアリングは、社内AI活用を積極的に推進するリコーと損害保険ジャパン(損保ジャパン)の2社を対象に実施。産業別労働組合としては全国生命保険労働組合連合会(生保労連)と全日本電機・電子・情報関連産業労働組合連合会(電機連合)の2組織からヒアリングした。調査期間は2026年6月〜7月。
損保ジャパンの常務執行役員CHRO・Deputy CROの吉田彰氏は採用への影響についてこう述べた。「汎用的な事務を担う社員の採用は将来的に抑制方向になると考えられるが、現時点では採用を減らしてはいない。AIの変化が速く、今後どのような影響が生じるか現時点では判断するのが困難であり、AIの効果を見極めながら検討していきたい」。
一方で同氏は、「今後は、従来型の課題処理能力だけでなく、課題設定力や仕組みを変える創造的な仕事に力を発揮できる能力が重要だ」とも強調した。
リコーのコーポレート執行役員CHRO・長久良子氏は、「課題形成力・的確な問いを立てる力の重要性が増している」と指摘。同社では2022年から「リコー式ジョブ型人事制度」を導入し、今年度から評価制度を改定して課題設定・解決策立案・遂行の3プロセスで行動を評価する仕組みを導入している。また生産・製造現場では定年退職などの自然減により今後5年で従業員の4分の1が離職する見通しで、AIの活用はその対応策の一つとして位置づけられているという。
損保ジャパンはGoogle Cloudが提供するプラットフォームをベースにしたAIエージェントツール「SOMPO AIエージェント」を2026年1月より全社員に展開し、毎日使う社員が半数を超え、週1回以上使う社員は約8割に達している。
AI格差への懸念——「生成AIに距離を置いている人が不利に判断される可能性」
労組側の懸念は、AI活用の格差拡大に集中した。
生保労連の中央書記長・松田惣佑氏は「将来的には生成AIの重要性がより高まることが考えられ、その時に生成AIに距離を置いている人が不利に判断される可能性はある」と指摘した。現時点では生成AI導入による雇用への影響に大きな課題感は持っていないとしつつも、将来的に事態が起こる可能性は否定できないとして注視を続ける姿勢を示した。
電機連合は、AIデバイドへの対応として、Microsoftと連携して電機産業で働く組合員向けのAIリテラシー研修プログラムを作成した。電機連合の事務局次長・小島隆洋氏は「企業内でAIを学ぶ機会が十分に得られていない中堅・中小企業等の組合員を主な対象としている」と説明。プログラムは「基礎編」(AIリテラシーの基礎)と「応用編」(プロンプトの書き方等)の2種類で各90分。オンラインと会場集合のどちらでも受講可能だ。
同氏は「このままでは働く人の中でAI活用の格差が拡大するとの問題意識がある。同一企業内でも差が生じるが、企業間でも経営者の積極性により差が生じる」と述べた。
ドメイン専門性の低さが「国際競争の弱みに」——有識者4人のヒアリングが示す課題
有識者ヒアリングは2026年1月〜5月にオンラインで実施。九州大学大学院工学研究院の馬奈木俊介教授、東京大学国際高等研究所東京カレッジの江間有沙准教授、昭和女子大学総合情報学部の木村琢磨教授、京都大学大学院法学研究科の羽深宏樹特任教授の4人が参加した。
ヒアリング全体から整理された主な論点は以下の6点だ。
- AI導入による生産性向上の効果は一律ではなく、対象業務、導入方法、検証体制、組織文化等に左右される
- 反復的・定型的業務はAIによる代替や自動化が進みやすく、若手の経験形成不足や雇用の入口縮小の可能性がある
- 生成AIによるパフォーマンス向上は、利用者が高いドメイン専門性(特定分野の専門知識、経験、判断力など)を持つことで実現するため、日本はドメイン専門性の低さが弱みになり得る
- AI活用にあたっては、リスキリングに加え、問いを立てる力、出力を検証する力、AIのリスクを把握する力が重要
- 技術的に実現可能であることと、社会的にやっていいことは別問題。この判断をAIに委ねると「誰のための判断か」が不透明になるリスクがある
- ガバナンスはAI利用を抑制するためだけでなく、安全な活用拡大を支える基盤として整備する重要性がある
木村教授は論稿の中で「ドメイン専門性の不足が、生成AIを持続的な競争優位獲得のためのイノベーションにつなげられないどころか、国際競争における劣位に陥らせる懸念がある」と警鐘を鳴らした。
馬奈木教授は日本企業の特性について「組織内の調整を重視するすり合わせ文化によって、データ化が不足し、現状で満足しがち。そのため、独自性の罠に陥り、AIの恩恵が小さくなる可能性がある」と指摘した。
江間准教授は「技術的に実現可能であることと、社会的にやっていいことは別問題であり、AIに判断を委ねることは『誰のための判断か』が不透明になるリスクがある」と述べ、AIガバナンスの視点から組織のビジョン策定の重要性を強調した。
人事評価や従業員への対応——課題と懸念点も明らかに
アンケートでは人事評価や従業員対応に関する実態も明らかになった。従業員の人事評価でAI関連スキル・実績を「特になし」と答えた企業は93.9%。AI導入に伴う積極的な評価対応を行っている企業は現時点では極めて少数だ。
従業員の理解を得るための取り組みとしては、「従業員へのAI利用に関する情報提供や説明会の実施」(81.8%)、「AI利用に関する社内規定やガイドラインの策定」(75.8%)が上位に挙がる一方、「雇用主と労働者・労働者代表との協議の実施」は6.1%にとどまった。
教育・訓練については「AI利用に関するOJTや社内研修の提供」が75.8%で最多。「社外におけるAI研修等の提供・支援」(39.4%)、「外部資格取得の支援」(21.2%)が続く。
AIの導入・活用に関する課題・懸念点(複数回答)では、「AIの誤った対応によりトラブルや法的リスクを負う懸念がある」が75.8%で最多。「AIスキルに追いついていけない従業員への対応が必要になる」(66.7%)、「AIの導入によって業務が縮小・廃止される従業員への対応が必要になる」(54.5%)と続いた。
AI導入で現在の生産性は1.4%押し上げ——森川氏の日本就労者調査
報告書には、機械振興協会経済研究所長の森川正之氏による論稿も収録されている。2025年11月に実施した就労者5,680人を対象とした調査をもとにした試算では、AIの業務利用者比率は22.3%(2024年の8.3%から大幅増)で、現時点でのAIによるマクロ経済の生産性押し上げ効果は1.4%と計算された。
今後5年以内にAIを業務利用するようになると見込む人が17.3%おり、既利用者の学習効果と合わせると、今後5年間の追加的な労働生産性押し上げ効果は年率0.3%ポイント程度と概算されている。
「AI投資と人的投資を両輪に」——大田座長が政府への提言も
大田弘子座長は総括の中で「AI投資を拡大するだけでは競争優位は生まれない。AI時代の競争優位の源泉となるのは、AIそのものの知識よりも、AIを付加価値創出に結びつけるための『ドメイン専門性』であり、その専門性を基盤として適切な問いを立て、組織や業務の仕組みを変革する能力だ」と強調した。
その上で「政府においては、AIへの投資支援と人的投資を両輪として進めることが不可欠だ。社会人のアップスキリング支援、専門人材の育成、そして成長分野への円滑な労働移動を促す労働市場改革が急務だ」と提言した。




