TEJ2026の国内観光シンポジウム
日本観光振興協会は9月24~27日に東京ビッグサイトで開催された「ツーリズムEXPOジャパン2026」の中で25日、国内観光シンポジウムを開催した。早稲田大学大学院経営管理研究科研究科長・教授の池上重輔氏が「観光を持続的に『働きたい産業』に~価値創造型観光を支える人とキャリアの未来~」をテーマに講演。続くパネルディスカッション「働き手に選ばれる観光産業へ」では、池上教授をファシリテーターに、JAL、長野県観光機構、西武・プリンスホテルワールドワイド、JR東日本からパネリストが登壇した。登壇した4氏は、伊藤翔次郎氏(日本航空 ソリューション営業本部 関係・つながり創造部 戦略グループ アシスタントマネージャー)、佐藤啓介氏(一般社団法人長野県観光機構 専務理事)、杉田良介氏(西武・プリンスホテルズワールドワイド 新横浜プリンスホテル ファイナンシャルコントロール部門 アシスタントマネージャー)、松木綾香氏(東日本旅客鉄道 マーケティング戦略部 地方開発・流動創造ユニット 副長)。
各社の概要と観光振興への取り組み
伊藤氏はまず日本航空グループについて、航空事業を主軸にしつつ金融・コマースなど194社のグループ会社で成り立つ企業であると説明した。1951年の創業から約70年余りの歴史を持つ同社は、今年度「JALグループ経営ビジョン2035」を発出。「社会と人を幸せにする関係・つながりを作り、サステナブルでウェルビーイングな世の中を作っていきたい」という方向性を掲げた。
伊藤氏が所属するのは「関係・つながり創造部」だ。この部署が生まれた背景には、コロナ禍がある。「人々の移動が完全に止まってしまった環境の中で、我々は何のために存在していたんだろう、ということを改めて考える機会になった」と伊藤氏は振り返る。移動の力は「単純に人やものを運ぶだけではない」との再認識から、移動を通じた関係・つながりの創出こそが社会への貢献であるとの考えのもと、関係人口の拡大を目標に掲げて活動している。

続いて佐藤氏が長野県観光機構を紹介した。同機構は長野県全域を担当するDMO(観光地域づくり法人)で、「観光を超えて、もっと長野から」というビジョンと「かつてない感動を競争する」というミッションを掲げる。事務所は長野市本部のほか、東京・銀座、大阪、名古屋に拠点を持つ。従業員は約90名、年間売上は約12億円規模で、そのうち約3億円が負担金・補助金、残り約9億円を自ら稼いでいるという特徴的な財務構造を持つ。
佐藤氏自身は愛知県出身で、株式会社電通に20年間勤務した後に転職した異業種出身者だ。「よそ者・若者・ばか者といった要素を兼ね備えたような人間を専務理事に据えること自体が、この組織が非常に変わっているということだと思っている」と述べた。行政との関係については「かつては行政の下請け組織のような関係性だったが、今はかなり行政と対等に近い関係を構築しつつある」と語った。

杉田氏は西武・プリンスホテルズワールドワイドについて、西武グループの中核会社として国内外の宿泊施設、スキー場、ゴルフ場などのプレジャー施設を運営するオペレーター会社であると説明。国内59ホテルを運営し、日本オリジンのグローバルホテルチェーンとして国内外250ホテル規模への拡大を目指している。2021年に前身会社から運営特化型へ転換したことも紹介。「アセットライトに事業運営をしていくことで国内外に展開していくという戦略がある」と述べた。

松木氏はJR東日本について、1987年の国鉄民営化を経て発足した同社が今年で40年目を迎えると説明した。事業は鉄道、流通サービス、不動産ホテル、その他の4セグメントで展開。新幹線・在来線では毎日延べ1650万人、グループ全体では毎日3000万人規模の顧客接点を持つことが同社の大きな特徴だと語った。特に現在は東北エリアへの流動創出に注力しており、今回のツーリズムEXPOでも東北観光推進機構と共同出展している。

「価値密度を高める」ための地域連携と関係人口の設計

池上教授が「価値密度を高めるとはどういうことか」という問いを投げかけると、各パネリストが具体的な取り組みを語った。
松木氏はまず「事業者一つではできない。地域との連携が重要だ」と述べた。JR東日本は今年7月に組織を大きく刷新し、従来の本社・12支社体制から36事業本部体制へ移行。「今まで以上にお客様と地域の皆様と相対することができる構造にした」という。地域との連携においては、地域の要望を丁寧にヒアリングすることを重視し、今年で3回目を迎えた「地域貢献アワード」を通じて感謝や改善要望を受け取る取り組みも行っている。
これに対し池上教授は「声を聞こうとする行動自体が大事。ただ、誰が聞くか、どう聞くかも非常に重要だ」と補足した。
杉田氏は新横浜プリンスホテルの立場から、日帰り客が多いという地域特性を課題として挙げた。横浜マリーナや日産スタジアムのイベント来訪者がそのまま帰宅してしまうケースが多く、宿泊や周辺消費につなげることが一つの課題だという。横浜アリーナのバックツアー付き宿泊プランを販売する取り組みも紹介。「大事なのはホテル単体だけじゃなくて、こうやって街とのつながりをつなげていくことが大事だ」と語った。
また、新横浜という街について「横浜の陸の玄関口」という街づくり方針を紹介しつつ、ホテルが担うべき役割を「地域の魅力を伝える情報ハブ、コンシェルジュ機能」と表現した。
池上教授はこれを受けて「横浜はゲートウェイ感があるが、ホテルはその中の情報ハブというポジション」と整理した上で、ポジションブランドの重要性に言及。「高グレードからカジュアルまで重層的な情報ハブを設計し、来てほしいお客様をコントロールすることが大事だ。一つの組織だけではできない。連携しながら重層的にデザインしていくことが重要だ」と述べた。
佐藤氏(長野県観光機構)は価値創造の観点から「地域内調達率の向上」を重要課題として挙げた。「観光事業者さんが一生懸命稼ったお金が、さまざまな調達を通じて県外に流出してしまうと、結局地域に残る利益が薄くなる」と指摘。観光地経営においては売上だけでなく、「結局何が地域に残るのか」を指標とすべきだという問題意識を語った。
こうした課題に対応するため、同機構は長野県内のDMO・観光協会の経営層を集めた「長野県DMO・観光協会サミット」を昨年立ち上げた。半年に1回開催し、今年で第4回を数える。佐藤氏は「会を重ねるごとに飲み会の盛り上がりがすごくなってきていて、これは人間関係ができてきたということだ」と手応えを語った。第1回の際には長野市のトップと松本市のトップが同じ場で初めて名刺交換するという場面もあったといい、「地域内調達を高めるためにはまず人間関係が必要だと感じている」と語った。
池上教授は経済波及効果について「人口が増えている地域では重要な指標だが、人口が減少している地域で経済波及効果だけを追うと副作用が出ることがある。地域内調達や付加価値とのバランスが必要で、最適なバランスは地域ごとに異なる」と整理した。
伊藤氏は関係人口の定量化について説明した。JALでは「関係人口総量」という独自の数値目標を掲げており、1年間に2回以上同じ場所に訪問した人を「関係人口」と定義した上で、その人が3回、4回、5回と訪れた回数を掛け算して総量を算出し、その数値を増やすことを目標としているという。
「1000人が1回行くんじゃなくて、100人が10回行く、そういった流動を生み出したい」と伊藤氏は語った。さらに数字だけにとどまらず、「地域を知る人と地域がつながり、さらに人と人がつながって、その地域を好きになって、もっと知りたくなって何度も通う、そういったものを生み出した結果としての数字として測っている」と説明した。
地域居住プログラムの参加者が、地域を深く知ることで所有していた空き家を活用し、医療団体とのつながりを経て地域の中高生が学べる場所に転換するに至った事例も紹介。「観光とは、外に出かけることを通じて地域との関係性を深めるものだ。単なるレジャーとは違う」と観光の再定義を提唱した。
池上教授はこれに関連し、かつて関わったある先端技術企業が、機能的な条件が似た複数の候補地の中から「この地域が好きになってしまった」という理由でとある地方都市を選んだ経験を紹介。「観光は産業誘致にも強く影響する。つながりを定量化し、その中身をきちんと見ていくことは重要な指標になる」と述べた。
観光産業のキャリア形成、「回転ドア方式」を提唱
ディスカッションの後半は、観光産業でのキャリア形成に議題が移った。
伊藤氏は「キャリアを考えるとき、観光という二文字だけを捉えて業界に入るかどうかを判断するのはもったいない」と語った。自身の経歴を振り返り、航空会社に入社して空港現場や航空券の価格設定部門などを経験した後、現在の地域連携部署に至ったことを紹介。「我々が持っている武器を地域でどう使えるかという考え方が重要だ。観光という枠組みに捉われず、世の中や地域への貢献という視点から自分の役割を考えるべきだ」と訴えた。
松木氏はJR東日本について「単一キャリアと思われることが多いかもしれないが、出向や人事交流が多い」と紹介。「専門性を高め続けたい人も、幅広く経験を積みたい人も、海外志向の人も、それぞれが選択できるというところが観光業でキャリアを形成するメリットだ」と語った。
杉田氏はホテル業界の実態として、フロントスタッフ、レストランサービス、宴会サービス、調理、バックオフィスなど幅広い職種があることを紹介した上で、定着率向上に向けた取り組みを説明した。「なぜ20〜30代の若手が離れてしまうのかというと、成長の実感が得られない、同じことの繰り返しというふうに捉えてしまうことが一因だ」と分析。
これに対し同社では「マネジメント」と「スペシャリスト」という二つのキャリアパスを明確に整備する取り組みを進めているという。スペシャリストの道としては資格手当を用意し、職能拡張型のキャリアに対しては学びの機会や他部署経験の機会を提供することで定着率向上を図っている。
杉田氏自身の経歴についても語った。入社後マーケティング部門に配属され、その後ファイナンシャルコントロール部門へ。顧客満足度向上のための口コミ分析・改善施策、宿泊・宴会の企画、そして現在の設備投資・ホテル改装担当と、さまざまな経験を積んできた。「これまで学んできたことがつながっているキャリアの一例だと思っている。学びの機会の提供や、スキルを伸ばし続けることに意味があるということを会社がしっかり伝えていくことが大事だ」と語った。
また観光業界について「バックオフィスの中でも宿泊価格付けや需要予測、契約形態の多様化など、かなり専門性が高まっている。発展し続ける業界だ」とも述べ、「お客様との接点における感動体験と、スキルセットがどんどん発展していくという、2種類の面白さがあるキャリアだ」と表現した。
佐藤氏(長野県観光機構)は、大企業とDMO・中小組織とでは「キャリア戦略の考え方が大きく違う」と切り出した。「我々のような地域や中小企業の組織では、転職がキーになってくる」とし、自身が広告業界から観光に転じた経験を踏まえ「異業種経験を持つ人が観光業界で活躍できることは間違いない」と語った。
その一方で「入り口だけでなく、出口も作らなければいけない」と問題提起した。「観光業界全体として、他業種とも通じる経験を積ませ、人材を育成できる機能をこれからどう作っていくか、考えておくべきだ。観光で経験した人が他業界でも活躍するという世界を作ることで、逆に入り口にも良い効果をもたらす」と述べた。
DMO特有のキャリア形成の難しさについても言及した。長野県観光機構は約90名という規模を持ちある程度の社内キャリアコースを設計できるが、県内には2〜3人規模の観光協会も多数ある。「そういった組織の中だけでキャリアを形成することは無理だ」と指摘し、解決策として地域間での人材循環を提案した。
「例えば白馬村のDMOで働き始めた人材が、次は県DMOで経験を積み、またリーダーとして白馬村に戻るという人の回し方をしていかないと、小規模組織が多いこの業界ではキャリアデザインが描けない」と具体的なモデルを示した。
さらに就職意欲を阻む「ミスマッチ」についても論じた。佐藤氏は長野県の十和田大学で観光を学ぶ学生に話を聞いた際、「観光には興味があるが、就職となると土日勤務や夏休みの勤務があることへの抵抗感が出てくる」という声が多かったと紹介。「このミスマッチをどうやって解消するかが課題だ。AIなどを活用してバック業務を効率化し、人が担うべき業務にリソースを集中させることで、若い人が働きやすい環境を整えていく必要がある」と述べた。
これを受け池上教授は「何がバリアになっているかを特定してそれを取り除くことが基本だ」と整理した上で、「回転ドア方式」というキャリアモデルを示した。業界の内外を行き来しながらループを形成する人材の流動性こそが、観光産業の魅力向上と人材確保につながるという考えだ。「この回転ドアのループをどう作るか、今後研究していきたい」と締めくくった。
パネルディスカッションを通じ、観光産業の価値向上には地域連携と関係人口の拡大が不可欠であること、そして産業としての持続可能性には人材の定着とキャリア形成の設計が鍵となることが、各登壇者の言葉から浮かび上がった。

TEJ2026の国内観光シンポジウム
【kankokeizai.com 編集長 江口英一】




