「護衛艦からイージス艦へ」——宿泊産業の構造転換、人材の高度化が急務 JARC設立10周年で議論


 一般社団法人宿泊施設関連協会(JARC、林悦男理事長)は9月10日、「JARC設立10周年感謝の集い」をKKRホテル東京で開いた。会員、宿泊団体、観光庁などから240人が出席した。

 式典では林理事長があいさつに立ち、10年間の歩みと今後の方針を語った。続く第1部では6社によるピッチプレゼンテーション、そしてパネルディスカッションが行われ、宿泊産業の低賃金問題や業務の自動化、人材の高度化といったテーマをめぐって活発な議論が展開された。

 

林理事長「離陸したかな」——10年の歩みを振り返る

林理事長

 林理事長は冒頭のあいさつで、「観光は平和とか災害とかそういうことがないことにより活性化する、発展する」と述べ、8月の熊本地震や洪水災害の被災者へのお見舞いの言葉を述べた。

 協会の設立経緯についても言及。「11年前に5人でこういう協会を作っていこうかと宿泊業界に関して考えた」と振り返り、当時は宿泊産業を支えるベンダーの存在が行政にも十分認知されていなかったと説明した。「ホテルシステム何ですかというような質問が、観光庁の方々から来ていた」というのが11年前の現実だったという。

 現在は状況が大きく変わった。「今日現在、観光庁はJARCを非常に重要視していただいている」と林理事長は述べ、現在257社の企業が加盟するまでに成長したことを報告。「やっと離陸したかな」と感慨を込めた。

 今後の方針としては、企業間の連携強化を掲げた。「このJARCはベンダー同士が集まって、企業間の集まりで新しいサービスを作り上げ、提供していくという役割も担っている」とし、医療・介護・障害者対応など多様な課題に対し、テクノロジーとノウハウを活用して対応していく考えを示した。

「観光業界は日本のGDPの一番パーセンテージの多い業界になるだろう」と林理事長は展望を語り、オーバーツーリズムやマナー問題などの課題解決にも取り組みながら観光業界の発展を支えていく決意を示した。

 

ピッチプレゼン6社が登壇——「人手不足」テーマに最新サービスを提案

 第1部前半では、「人手不足」をテーマに6社がそれぞれ10分のピッチプレゼンテーションを行った。

 Payn株式会社COOの矢崎達則氏は「キャンセル料から宿泊税とあらゆる請求・回収自動化へ」と題し、宿泊税や損害賠償、未精算チェックアウトといった一連の請求・回収業務をシステムで自動化する取り組みを紹介した。

 変な商社株式会社代表取締役のホ・ヨンジュ氏は「脱・FAX電話メール!宿泊業の購買をDXで攻めに変える」と題し、今もFAX・電話・メール中心の宿泊施設の受発注業務をDX化する受発注管理システム「Rakuder」を提案した。

 プロバイドグループ社外国人材事業部事業部長の升岡靖弥氏は「人手不足を未来の採用力に変えるインターン活用術」として、外国人インターンシップ制度を活用した人材確保と定着の仕組みを解説した。

 株式会社micado代表取締役の田代貴彦氏は「人手不足対策としてのマーケティングDX」を提案。宿泊業界の人手不足は人数だけでなく「時間の使い方」の問題でもあると指摘し、業務の可視化と従業員一人当たりの生産性分析によって、やるべき業務とやめるべき業務を見極める考え方を紹介した。

 株式会社Trust Youシニアキーアカウントマネージャーの下田宏美氏は「LTV最大化と現場の省人化を両立!AIとCDPによる次世代ホテル戦略」を提案。CDP(顧客データプラットフォーム)とAIを組み合わせることで、顧客のリピート促進と現場業務の省人化を両立するホテル運営を提案した。

 株式会社リモートロックジャパン宿泊チームリーダーの下田裕之氏は「スマホ×スマートロックで完結!宿泊施設の省力化と新体験」として、スマートフォンのウォレット機能等を活用したキーレスチェックインの最新動向を解説した。

「給料が低いこと」——宿泊産業の最大の問題

 

 第1部後半は、パネルディスカッション「この業務はお客様にとって本当に価値があるか」。学校法人日本ホテルスクール校長の石塚勉氏、JARC理事長の林悦男氏がパネリストを務め、東洋大学国際観光学部准教授の徳江順一郎氏がモデレーターを担った。

 石塚氏はまず宿泊産業の課題について問われ、「ダメなところを一言で言うと給料が低いこと。これが最初に出てくる」と率直に語った。業種別の人気ランキングで宿泊産業関係は100業種中99番目、すなわち下から2番目にあるという。

 統計上の数字も示された。「ホテル宿泊産業の平均給与は年360万円。他の産業を含めた一般的な産業の年収の平均は480万円。つまり120万円の差がある」と石塚氏は指摘。この差は約30%に相当する。

 石塚氏はさらに簡易計算を提示した。売上100、変動費30、固定費30、人件費30、営業利益10という前提で、売上単価を10%引き上げ(売上110)、人件費を30%増(39)とした場合でも利益8が確保できるという試算だ。「ホテルの経営者の方々に、単純に売上単価だけを10%上げてほしい。そうすれば人件費は30%上げても成り立つ」と提案した。

 宿泊産業の歴史的経緯についても整理。日本古来の旅館はチェックインからチェックアウトまで一人の担当者が対応するマンツーマン型のサービスであるのに対し、欧米由来のホテルはドアマン・ベルボーイ・フロントなどが分業するリレー型のサービスであると説明。現在は「和洋が混在して」おり、宿泊産業全体が「環境変化に適応しきれていない状況」にあることが低賃金の背景にあるとの問題意識を示した。

 「これからの新しい世代に、本当に魅力ある産業として、心を賭けるに値する産業として育てるかどうかが大きな課題だ」と石塚氏は語った。

石塚氏

 

「護衛艦からイージス艦へ」——労働集約型から装置産業への転換

 林理事長は、今後のホテル産業の在り方を独自の比喩で表現した。

 「これからのホテルは、今までの護衛艦から、大砲や機関銃が外から見えなくなったイージス艦に変わっていく。どういう問題が起きるかというと、高度人材じゃないとホテル運営ができないということだ」

 これは、ホテルが「労働集約産業」から「装置産業の代表的な産業」へと変化していくことを意味すると林氏は説明した。「少数で多品種のサービスを提供できる人材と装置でいかないといけない。それが給料を上げる唯一の方法だ」と断言。少数精鋭で高付加価値のサービスを提供することで、一人当たりの給料を引き上げられるという構造だ。

 日本ホテルスクールについても言及があった。「ローザンヌやコーネルと並んで、欧州の雑誌で世界の4大ホテルスクールに選ばれたこともある」とし、今年で創立55周年を迎えた同校がこれまでに約1万5000人の卒業生を輩出してきたと紹介。「日本のホテルマンはほとんどが専門学校か大学卒。こんな国はあまりない。イージス艦になったとしても、ホテルが高度人材に対応してくれるだろう」と展望した。

林理事長

 

「ロボットにはありがとうと言わない」——人間のホスピタリティの価値

 林理事長は、自社が展開する実験ホテル「THR」での観察を踏まえ、こう語った。

 「ロボットにありがとうと言わないんです。本当にロボットがいくらサービスしても、お客様は人間にしか言いません。ありがとうと。これは現実だ」

 ロボットは「作業するだけ」であり、感謝されるのは人間のホテルマンだけ——。そのため、大人数は不要でも人間の存在は不可欠だという。「定型的な作業はやってもらえなくなって、もっと人とのコミュニケーションに時間と能力を割かないといけない。今までのホテルマンとは全然作業の量が変わっていく」と林氏は述べた。

 徳江准教授はタッチポイント設計の重要性を指摘した。「部分最適だけだとなかなか難しい。全体最適のような形になっていかないと、革新につながっていかない」と前置きしつつ、自動化・セルフ化を進めるほど、「どこにタッチポイントを設けるかを意図的に設計することがシステム設計上の重要な責務になる」と述べた。

 林理事長も具体的な場面を例示した。テーブルオーダーのタブレットのUXが悪ければ、顧客との会話が「これどうやって使うんですか」という操作説明に終始してしまい、ホスピタリティの会話にならないと指摘。「セルフや自動化はマイナスになる。そこをきちんとやれば、おいしかったですかとか、リコメンドのチャンスが生まれる」と語った。

 顧客情報を活用した先回り対応の例も示した。「私が常連のホテルでは、顔を見せたらいらっしゃいませと言って、今日はいい天気だよねという会話が始まる。チェックイン機があったとしても、どこでタッチポイントを作るかということを考えれば、会話の機会は作れる」とし、意図的な関係設計の重要性を強調した。

 さらに林氏は、果物を部屋に持ち込んだ際のエピソードを紹介。「ナイフを貸してくださいと言ったら、スタッフが何に使うんですかと聞いてきた。果物を切るためだと答えたら、私どもが切ってお出ししますからくださいと言われ、きれいに飾って切ってきてくれた」という体験を語り、「要求に応じるだけでなく、もっと先のことに気づくコミュニケーションの力が求められる」と述べた。

徳江氏

 

24時間年中無休の見直しを——石塚氏が一斉休暇制度の導入を提案

 石塚氏は宿泊産業の働き方についても問題提起した。

 「宿泊産業の特徴は24時間営業、年中無休。これは古い伝統でついてきてしまっている」と指摘。一方、若年層の価値観は変わっており、「ライフワークバランス重視」や「出世志向の低下」が進んでいると述べた。

 その上で、具体的な提案を示した。「業界全体で、従業員に年1回10日間の一斉休暇を設ける制度を、旅館業法などの制度設計も含めて検討すべきだ」というものだ。「業界全体で動けばマーケットが一定のため、お互いに融通し合うことで売上は下がらない。むしろ無駄なピーキングを削っていける。最終的には給料アップにつながる」と説明した。

 徳江准教授も学生の傾向から裏付けた。「学生たちは給料ということも言うが、それより何よりも自分たちの自由度、やりがい、生きがいをよく口にする」という。

 石塚氏は最後に、業界全体への訴えをこう締めくくった。「将来の自分たちの人生を賭けるに値する産業であるかどうか、ぜひ考え直してほしい」。

 

協会設立10年を基盤に——次の10年へ

 パネルディスカッション終了後、第1部の閉会が宣言された。第2部の懇親会は同日18時20分から同会場で行われた。

 JARCは設立10年で257社が加盟する組織へと成長し、観光庁からも重要視される存在となった。今後は企業間連携による新サービス創出、テクノロジーを活用した課題解決、そして観光業界全体のGDPシェア拡大を目指す方針だ。

 宿泊産業が抱える低賃金、人手不足、労働環境整備という課題の解決に向けた議論は、この日の式典をひとつの起点として、さらなる広がりを見せようとしている。

【kankokeizai.com 編集長 江口英一】

 
 

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