私の視点 観光羅針盤
クールジャパンを取り上げる際の起点は20世紀末の英国である。サッチャー首相などによる保守党政権に代わって、1997年に労働党政権が樹立され、当時44歳のブレア首相が選出された。ブレア首相は「第三の道」を提唱して社会民主主義路線から中道保守路線への転換と共に、新たな国家ブランド戦略として「クール・ブリタニア」を提唱し、多様な文化が共生するエネルギーに満ちた社会への転換を目指した。その際に多様な魅力のある文化を生み出す担い手やそれを広めるメディアなどを「クリエイティブ産業」とみなして振興した。
アジア金融危機に伴うIMF(国際通貨基金)監視下の98年に韓国大統領に就任した金大中氏は、文化産業を「21世紀の基幹産業」と位置付け、音楽、放送・映像、アニメ、ゲームなどのコンテンツ輸出を推進した。21世紀初頭に五つのコンテンツ関連の政府機関を設置し、コンテンツ産業の多角的振興を図った。その後、2009年にコンテンツ産業振興法が制定され、五つのコンテンツ関連機関を統合して「韓国コンテンツ振興院(KOCCA)」が発足。
日本では12年発足の第2次安倍内閣でクールジャパン戦略担当大臣が置かれ、アニメなどのコンテンツの海外売り込みを成長戦略とみなした。13年には株式会社海外需要開拓支援機構法に基づいて「クールジャパン機構(以下、CJ)」が設置された。CJは補助金を交付する行政機関ではなく、日本の文化や商品などを海外に売り込む企業や事業に直接出資する投資会社(官民ファンド)であった。
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