顧客の「特別な自分」という新たな視点を取り込む 北村剛史


北村氏

 数ある感情の中でも、「優越感」は、人が自分をどのように評価し、位置づけるかに深く関わる概念です。それは、単に「自分がほかの人より上である」と感じることだけを意味するものではありません。人が自分自身をどのように位置づけ、どのような存在として社会の中に立っているのかを確認する感情でもあります。

 人は、他者との比較だけでなく、過去の自分、日常の自分、あるいは選ばなかった別の可能性との比較を通じて、現在の自分を評価しています。そして、その評価が肯定的なものになったとき、人の感情は大きく動きます。

 だからこそ、宿泊業を考えるうえで、「優越感」という概念を押さえておく必要があります。

 人は、商品やサービスそのものだけを評価しているのではありません。それを選んだ自分、それを利用している自分、そして、その選択によって表現される自分を同時に評価しているからです。

 近年の消費者心理研究でも、消費者の行動と自己像との強い結びつきが示されています。社会的アイデンティティーが本人の自己概念の中で中心的な意味を持つほど、そのアイデンティティーと整合する行動を選びやすくなることが論じられています。人は必要なものを選ぶだけでなく、「自分は何者であるか」を確認し、表現するためにも選択しているのです。また、2025年にオンライン公表された研究では、消費体験が「特別なもの」と感じられる条件について、聞き取り調査、消費者調査、実験に加え、300万件を超えるレビューの分析などが行われました。体験の特別さは、単なる品質の高さだけで決まるのではありません。日常から際立っていること、本人にとって個人的な意味を持つこと、ほかの体験とは異なると認識されることなど、複数の要素によって形づくられます。

 ここに、宿泊業が「優越感」を考えるべき理由があります。

 

顧客は、客室だけを買っているのではありません。その宿を選んだ自分を買っています。

 「自分はよい選択ができた」「以前よりも豊かな時間を過ごせる自分になった」「自分は丁寧に扱われる存在なのだ」。サービスへの評価が自分自身への評価へと変わったとき、人の感情は強く動きます。

 本稿でいう「優越感」とは、他者を見下す感情だけを指すものではありません。過去の自分、日常の自分、あるいは選ばなかった別の可能性と比べて、「今の自分は悪くない」「自分には価値がある」と感じる肯定的な自己認識です。

 この感情を、より穏やかな言葉で表したものが「特別な自分」です。

 宿泊の必要性は、移動、仕事、観光、休息などから生まれます。しかし、数ある施設からどこを選ぶのか、どこまでの価格を受け入れるのか、もう一度その宿へ戻りたいと思うのかは、機能だけでは説明できません。

 顧客の選択を左右しているのは、その施設で、どのような自分になれるかです。

 人は、ベッドの硬さやアメニティーの品目をすべて正確に覚えているわけではありません。しかし、名前を呼ばれたこと、好みを覚えてもらっていたこと、思いがけず眺めのよい客室へ案内されたこと、同行者から「この宿を選んでよかった」と言われたことは、長く記憶に残ります。その瞬間に、自分の存在や選択が肯定されたからです。

 

業態ごとに異なる「特別な自分」

 宿泊業が提供すべき自己像は、すべての施設で同じではありません。ビジネスホテル、シティホテル、旅館、リゾートホテルでは、顧客が求める「特別な自分」の内容が異なります。業態の違いとは、設備や価格帯の違いだけではありません。それぞれの業態において、顧客が求めやすい自己像の違いでもあるのです。

 もちろん、実際の宿泊施設が、以下の四類型のいずれか一つに明確に分かれるわけではありません。

 ビジネスホテルにも社会的信用や上質さを演出する施設があり、シティホテルにも旅館的な情緒を備えた施設があります。近年では、宿泊主体型の上級ホテル、ライフスタイルホテル、デザインホテルなども存在感を高めています。こうした施設で顧客が求めるのは、「上質なものを見分けられる自分」「機能と美意識を両立できる自分」「既成の価値観にとらわれず、自分らしい選択ができる自分」といった自己像でしょう。

 また、同じ施設であっても、出張客と記念日の宿泊客とでは、求める自己像が異なります。

 以下の四類型は、業態と自己像が一対一で対応する固定的な分類ではありません。それぞれの業態で顕著に現れやすい傾向として捉える必要があります。

 その傾向を踏まえたうえで、施設ごと、顧客ごとに異なる複層的な自己像を読み取ることが、実務へ応用する第一歩となります。

 

ビジネスホテル:(例)「仕事のできる自分」

 ビジネスホテルの顧客が求める特別感は、必ずしも豪華さではありません。時間を無駄にせず、出張先でも自分の能力を発揮できる「仕事のできる自分」の確認です。

 たとえば、過去の利用履歴を踏まえ、静かな側の客室、広い机、好みの枕などをあらかじめ用意します。チェックインでは、すでに登録されている情報を何度も尋ねず、短時間で手続きを終えます。

 その際、「前回と同じ静かな側のお部屋をご用意しました」と伝えれば、顧客は単に手続きが早かったと感じるだけではありません。「自分の仕事のスタイルが理解されている」と感じます。

 早朝に出発する顧客には、朝食を持ち出せるようにします。外出時には、目的地までの所要時間や混雑状況を簡潔に伝えます。帰館時には、疲労を察して過度に話しかけません。

 これらは豪華なサービスではありません。しかし、顧客の時間、判断力、仕事の流儀を尊重するサービスです。ビジネスホテルでは、顧客を単に「安く泊まる人」としてではなく、社会の中で役割を果たす専門家として扱うことが重要です。そこから生まれるのは、「自分は効率的に行動できる」「自分は仕事を任されている」「自分は自分の流儀を持っている」という自己肯定感です。

 

シティホテル:(例)「社会的に認められた自分」

 シティホテルは、宿泊するだけの場所ではありません。

 会食、商談、宴会、婚礼、記念日など、顧客が社会的な役割を果たす場所でもあります。ここで求められるのは、「この場所を自然に使いこなせる自分」「大切な人を安心して招くことのできる自分」「社会的な信用を持つ自分」という自己像です。

 たとえば、会食の主催者と事前に、席順、料理を提供するタイミング、贈り物を渡す場面などを確認しておきます。当日は、主催者が招待客の前で細かな指示を出さなくても、会が滑らかに進むようにします。これは単なるレストラン運営ではありません。主催者に、「自分はよい場所を選び、場を整えることができた」と感じてもらうサービスです。常連客を自然にお名前でお呼びし、好みの席へ案内することも効果的です。ただし、「特別なお客様です」と周囲へ誇示する必要はありません。その場所に慣れ親しんだ人物として、さりげなく遇することが大切です。シティホテルにおける優越感とは、豪華なロビーにいることだけではありません。その空間で不自然さなく振る舞い、人を迎え、自分の社会的な役割を果たせることにあります。

 

旅館:(例)「一人の人間として大切に扱われる自分」

 旅館では、「一人の人間として丁寧に扱われる自分」という自己像が重要になります。

 以前に選んだ浴衣のサイズや好みの飲み物が、何も言わなくても用意されている。到着時の会話から、静かに過ごしたい顧客には説明や接触を控え、地域文化に関心のある顧客には、料理や土地の背景を丁寧に伝える。このような対応が、「自分のことを理解してくれている」という感情を生みます。ここで大切なのは、すべての顧客に同じように手厚く接することではありません。多くの会話を喜ぶ人もいれば、静かに過ごすことを望む人もいます。旅館の優れたサービスとは、何かを一方的にしてあげることではなく、その人にふさわしい距離感を見つけることです。記念日も、大げさに祝えばよいとは限りません。本人たちだけに伝わる手書きの一言や、好みに合わせた小さな一品の方が、深い記憶として残る場合があります。旅館における優越感とは、他者より上に立つことではありません。

 時間をかけて迎えられ、自分に合った距離感で扱われ、日本文化や地域の物語を受け取るに値する存在だと感じることなのです。

 

リゾートホテル:(例)「人生を豊かに選べる自分」

 リゾートホテルで顧客が確認したいのは、「自分の時間や人生を豊かに選べる自分」です。

 一般的な観光案内を並べるだけでは、この感情は生まれません。天候、同行者、滞在日数、顧客の関心に応じて、「この時間帯であれば人が少なく、景色をゆっくり楽しめます」と提案します。すると顧客は、単に観光情報を受け取ったのではなく、「自分だけが知る特別な時間を選ぶことができた」と感じます。

 家族旅行では、子どもだけを喜ばせるのではなく、親の自己評価を高める視点も重要です。子どもの名前を覚える、自然な家族写真を撮る、年齢や成長に合った体験を提案することで、親は「家族によい時間を与えることができた」と感じます。

 夫婦や恋人には、夕日の見える席や、静かに散策できる時間を用意し、必要以上に介入しないこともサービスになります。リゾートホテルにおける優越感とは、単に豪華な場所にいることではありません。日常から離れ、自分にとって大切な人や時間を、自ら選び取ることのできる自分を確認する感情です。

 

優越感は、静かに気づかせるもの

 このように、顧客が求める自己像は業態によって異なります。

 ビジネスホテルでは、「仕事のできる自分」です。シティホテルでは、「社会的に認められた自分」です。旅館では、「一人の人間として大切に扱われる自分」です。リゾートホテルでは、「人生を豊かに選べる自分」です。重要なのは、高価なものや豪華なサービスを一律に追加することではありません。顧客がその施設でどのような自分になりたいのかを理解し、その自己像を静かに肯定することです。ただし、優越感は扱い方を誤れば、下品な選民意識や、ほかの顧客の疎外感につながります。優越感は、施設側が露骨に与えるものではありません。顧客自身に気づかせるものです。

 「あなたは特別です」と大声で伝えるのではなく、本人だけが「自分のことを分かってくれている」と感じられ

 

株式会社日本 ホテルアプレイザル代表取締役/株式会社サクラクオリティマネジメント代表取締役/一般社団法人宿泊施設関連協会副理事長 北村剛史

 
 

注目のコンテンツ

第39回「にっぽんの温泉100選」発表!(2025年12月15日号発表)

  • 1位草津、2位下呂、3位道後

2025年度「5つ星の宿」発表!(2025年12月15日号発表)

  • 最新の「人気温泉旅館ホテル250選」「5つ星の宿」「5つ星の宿プラチナ」は?

第39回にっぽんの温泉100選「投票理由別ランキング 」(2026年1月1日号発表)

  • 「雰囲気」「見所・レジャー&体験」「泉質」「郷土料理・ご当地グルメ」の各カテゴリ別ランキング・ベスト50を発表!

2025年度人気温泉旅館ホテル250選「投票理由別ランキング」(2026年1月12日号発表)

  • 「料理」「接客」「温泉・浴場」「施設」「雰囲気」のベスト100軒