GENSEN HOLDINGS株式会社は8月7日、群馬県・水上温泉の老舗旅館「松乃井」の運営権を譲受し、「大江戸温泉物語Premium 松乃井」として同日グランドオープンした。
注目すべきは、そのスキームだ。従来の物件取得(買収)ではなく、建物はオーナーが保有したまま運営事業のみを移管する「賃貸借(リース)」という手法を採用。日本全国の温泉旅館が直面する後継者不足・事業承継問題に対し、物件所有者の負担を軽減しながら歴史ある旅館を未来へつなぐ新たなモデルとして業界内外から注目を集める。
2ステップで実現した運営移管の全貌


今回の事業承継スキームは、大きく2つのステップで構成されている。
ステップ1は「事業・資産の譲渡」だ。物件オーナーである株式会社シーガル・リゾートイノベーション(代表取締役:戸澤千秋)から、運営・事業および設備・動産・許認可・従業員などをGENSEN HOLDINGSが譲受し、その対価として譲渡代金を支払う。
ステップ2は「建物賃貸借」だ。オーナーから建物を賃貸し、毎月の賃料を支払う形をとる。
この2段階の構造により、シーガル・リゾートイノベーション側は建物の所有権を手放すことなく、GENSEN HOLDINGSが運営者(オペレーター)として施設を引き受ける。双方の役割分担を明確にした上で事業承継を完結させる形だ。
「19年の再建努力」を次世代へ——オーナーが選んだ決断

戸澤氏
今回の物件を所有するシーガル・リゾートイノベーションの戸澤千秋代表取締役は、2007年から約19年にわたって「水上温泉 源泉湯の宿 松乃井」の再建に尽力し、最終的に物件の買い取りを行い、オーナーとなった人物だ。
その戸澤氏が事業承継を決意した背景について、両社代表は特別対談の中で詳細を語っている。
戸澤氏は「2007年から約19年かけて、死に物狂いで『松乃井』の再建に努め、最終的に物件の買い取りを行いオーナーとなりました。しかし、巨大な資本・資産を抱え続ける重みや、自身の年齢を考えたときに、引き際を模索していました」と明かした。
加えて、後継者である家族からも「これだけ大きな施設を、人口減少期に自分たちだけで雇用を守りながら運営していくのは難しいと思う」という声が寄せられていたという。その言葉が、今回の決断を後押しした。
「今回の『賃貸借による事業承継』は、まさに私が求めていた解決策でした」——戸澤氏はそう語る。
「売却して手放してしまうのは心許ない」——川﨑代表が語るスキーム選択の理由

川﨑氏
GENSEN HOLDINGSの川﨑俊介代表取締役は、なぜ「物件取得」ではなく「賃貸借」を選んだのか、その背景を次のように語った。
「日本の温泉旅館において、事業承継は非常に大きな課題です。『売却して手放してしまうのは心許ない』『自分の世代で培った歴史を途切れさせたくない』と悩むオーナー様は非常に多い」
そのうえで川﨑氏は「賃貸借契約という形で我々がオペレーター(運営者)として入り、オーナー様に安定的な家賃収入を確保していただくことで、極めてスムーズな事業承継ができると考えました」と述べた。
水上温泉という立地の魅力と、約230室というスケールを持つ「松乃井」のブランド価値も、GENSEN HOLDINGSにとって大きな誘引となった。川﨑氏は「水上温泉という魅力的な立地で、約230室というスケールを持つ『松乃井』のブランドをそのまま引き継げることは、当社にとっても非常に大きな魅力でした」と語っている。
オーナーが得る「安定収入」と「運営リスクからの解放」
今回のスキームにおけるオーナー側の最大のメリットについて、戸澤氏は「『事業承継が上手くいったこと』と『安定的な賃料収入』です」と明確に述べた。
旅館業は災害やパンデミックなどの影響をダイレクトに受けるリスクを伴う産業でもあると戸澤氏は認識しており、「今回の契約により、その運営リスクから解放され、安定収入を得ながら、後継者である家族に無理のない形で資産を相続することができます」と語った。
さらに戸澤氏は地域経済への貢献にも言及している。「廃屋にせず館に火を灯し続けられることは、地域や行政にとっても非常に大きなメリットです。私どもが経営していた時よりも、大江戸温泉物語グループの強い送客力で宿泊人数が明らかに増えることが予想されるため、地域経済の活性化や入湯税の増加など、地元への大きな貢献になると考えています」。
運営者側が得る「伝統」と「設備」の継承
GENSEN HOLDINGS側のメリットについて、川﨑代表は「オーナー様のご負担を軽くする一方で、我々にとっても、地域で長年愛されてきた『伝統』『ロビーの薪ストーブや極上のお風呂といった素晴らしい設備』をそのまま活かせるメリットがあります」と述べた。
長年培われてきた伝統とサービスをベースにしつつ、当社のチェーンオペレーションを融合させることで、これまで「松乃井」を団体旅行などで利用してきたシニア世代の夫婦や、そのお孫様世代など、幅広い新規客の来館につながると期待が示された。
「所有と運営を切り離す」——都市部では常識、地方旅館では希少な手法
川﨑代表は、今回のスキームが地方温泉旅館の分野においていかに先進的なものであるかについても言及している。
「都市部のホテルでは所有と運営を分けることが一般化していますが、地方の温泉旅館においてはまだまだ事例が少なく一般に広く定着はしていません」——川﨑氏のこの発言は、今回の取り組みの業界的意義を端的に示す。
そのうえで川﨑氏は「温泉旅館経営の承継課題は様々です。長年所有・運営されてきた旅館に思い入れがある方も特に多い。単純な売買だけで解決できるものばかりではないと思います」と述べ、各オーナーの課題に真摯に向き合い、最適なスキームを提案する姿勢を強調した。
具体的には、株式の譲渡、不動産の譲渡、または賃貸借など、課題に応じた多様な提案が可能だという。今回は「所有と運営を切り離す賃貸借形式」が採用された。
「死に物狂いで再建した旅館」に灯し続ける火
戸澤氏は、今回の決断を振り返り、次のように語った。
「大手のチェーン店は、人材不足を補う仕組み、強固なマーケティング戦略などがあります。物価高や採用難に立ち向かうには限界がある現代において、こうして信頼できる大手へ運営のバトンを渡せたことは、とても良い選択でした」
さらに「今回の改装の様子を見ても、非常にワクワク感がありました」とも述べ、運営移管への期待感をにじませた。
約19年という歳月をかけて自らの手で再建し、所有するに至った旅館を「廃屋にしない」ために選んだ今回の決断。その背景には、一人のオーナーとしての切実な思いと、地域や従業員への責任感があった。
川﨑代表が示す今後のビジョン——「各地の廃業危機に手を差し伸べる」
川﨑代表は、今後のビジョンについて次のように明言した。
「今後もオーナー様が抱える課題に向き合い、各地で廃業の危機にある温泉旅館の手助けとなり、地域を再生・発展させ、持続可能なものにしてゆけるよう努めてまいります」
GENSEN HOLDINGSは現在、大江戸温泉物語グループとして全国75施設(2026年8月現在)の温泉旅館、ホテル、温浴施設、テーマパークの運営事業を展開している。同社は2017年12月5日設立(創業2001年11月)で、所在地は東京都中央区銀座7-16-21 銀座木挽ビル5階。代表取締役は川﨑俊介氏が務める。
今回グランドオープンした「大江戸温泉物語Premium 松乃井」の公式サイトはhttps://www.ooedoonsen.jp/matsunoi/で公開されている。




