北村氏
Sakura Qualityを育ててきた立場から、これからの評価のあり方を考えます。私たちがSakura Qualityの詳細調査基準を組み上げ、運用してきた過程で、幾度となく立ち返った問いがあります。
「そもそも、宿泊施設の品質とは何を測るものなのか」
この根源的な問いに対して、私たちは、宿泊施設の品質を単一の尺度だけで捉えるのではなく、ハードウェア、ソフトウェア、ヒューマンウェアという三つの層から立体的に捉える道を選びました。
誤解のないよう、最初に申し上げておきます。Sakura Qualityは、宿泊施設の順位を公表するための格付け制度ではありません。経営者や現場の方々が自らの施設を見つめ直し、品質向上への気づきを得るための仕組みです。
同時に、Sakura Qualityは、私たちが考える「Japan Quality」を形にしたものでもあります。
ここでいうJapan Qualityとは、高価な設備や形式化された接遇だけを意味するものではありません。目に見えない部分にまで心を配り、相手が言葉にする前に必要を察し、自然や地域、働く人との調和の中で体験をつくり上げていく――そうした日本の宿泊文化に根差す品質です。
さらに、宿泊施設には、旅先で不安や困難に直面した人が最後に頼ることのできる「ラストリゾート」、すなわち最後のよりどころとしての側面があります。平常時に快適な滞在を提供するだけでなく、災害や交通の途絶、急病、通信障害など、予期せぬ事態において、お客様の安全を守り、必要な情報と安心を提供できるか。この役割もまた、宿泊施設の品質を考えるうえで欠かすことのできない視点です。
言い換えれば、Sakura QualityとはJapan Qualityであり、その本質を、ハードウェア、ソフトウェア、ヒューマンウェアという三つの層から可視化しようとする試みなのです。
しかし、基準を運用する年月を重ねるほど、ハード・ソフト・ヒューマンを「独立した三本柱」として説明することに、私は次第に違和感を覚えるようになりました。
三つの層は、それぞれが別々に存在するものではありません。互いに浸透し、補い合い、ときには一つの層の弱まりが別の層に大きな負担をかけます。この相互作用の中にこそ、宿泊施設の品質の本質があるのではないでしょうか。
ハードウェアは「沈黙のスタッフ」である
一般にハードウェアの評価は、設備の充実度、意匠性、機能性などによって語られます。Sakura Qualityでも、照度、空調・換気音、寝具、扉の構造など、さまざまな項目を具体的に確認してきました。
しかし、それらを測定する目的は、単なるスペックの比較ではありません。
ハードウェアとは、スタッフがそばにいない時間にも、お客様の不安を静かに取り除く「沈黙のスタッフ」である――私たちは、そのように捉えています。
深夜、廊下にスタッフの姿が見えないときでも、適切な明るさ、十分な遮音性、確かな施錠設備、安定した湯温などが、言葉を発することなく「ここでは安心して過ごせる」と伝えてくれます。
非常時には、この「沈黙のスタッフ」としての役割が、より明確に表れます。分かりやすい避難経路、非常用の照明や電源、通信手段、備蓄、誰もが安全に移動できる動線などは、単なる設備項目ではありません。お客様がほかに頼る場所を失ったときにも、その生命と尊厳を守るための基盤です。
言い換えれば、ハードウェアは、ヒューマンウェアが直接対応できない時間と空間を支えているのです。この視点に立つならば、客室改修や設備投資の効果は、稼働率や客室単価だけで判断するものではありません。お客様の不安をどれだけ未然に防げるか、スタッフの説明や苦情対応の負担をどれだけ軽減できるか、そして非常時にも安全を維持できるかという視点が必要になります。設備投資は、人に代わるための投資ではありません。人にしかできない仕事へスタッフが集中できる環境を整えると同時に、平常時と非常時の双方においてお客様を守る、「接客の先回り」への投資なのです。
ソフトウェアは「規程の厚さ」ではなく「判断の質と速さ」に表れる
サービスの設計、ブランドの考え方、業務手順、組織体制などをソフトウェアとして捉えることは、決して間違いではありません。
Sakura Qualityでは、予約、到着、フロント、客室、食事、チェックアウトという一連の場面を、お客様の不安が安心へ、安心が関心へ、そして関心が感動へと変わっていく過程として捉えています。
ここで本当に見つめたいのは、マニュアルが整っているかどうかだけではありません。想定外の要望や状況に直面したとき、現場がどこまで自ら判断できるかという点です。
ソフトウェアの本質は、「マニュアルの厚さ」ではなく、「現場に委ねられた判断の深さ」と、その判断を実行へ移す速さに表れます。
ブランドの力とは、本部や経営者が現場を強く統制することだけによって生まれるものではありません。スタッフがお客様の状況を読み取り、上司の指示を待つことなく、必要な対応を選択できる。その判断が、施設の理念や価値観と自然につながっている状態こそ、強いブランドの一つの姿です。
この判断力は、非常時にこそ試されます。交通機関が停止したとき、帰る場所を失ったお客様をどう受け止めるのか。通信が途絶えたとき、どの情報を、どのような方法で伝えるのか。体調を崩した方や支援を必要とする方に、誰が、どこまで対応するのか。想定外の状況においても現場が適切に判断し、行動できる仕組みがあるかどうかは、宿泊施設がラストリゾートとして機能するための重要な条件です。
これはESGやサステナビリティへの対応にも通じます。地産品の活用やフードロスの削減は、購買担当者だけの努力で実現するものではありません。料理長や現場の担当者が、地域の生産者や食材の状況に応じて仕入れや献立を柔軟に見直せるか。そこには、権限の配分や情報共有を含む組織設計が深く関わっています。
ソフトウェアを見るときには、規程集のページ数だけではなく、お客様の要望や現場で生じた変化を受けてから実行に移すまでに、いくつの確認と、どれほどの時間を要するのかを確かめる必要があります。
ヒューマンウェアは「動作」よりも「間」に表れる
所作、接遇、身だしなみは、ヒューマンウェアの中でも目に見えやすい要素です。だからこそ、この領域の評価は、ともすると笑顔、挨拶、言葉遣いといったチェックリストに縮小されてしまいます。
Sakura Qualityが、日本旅館に受け継がれてきた所作や季節のしつらえ、香りの使い方などにも目を向けてきたのは、単に動作の形式を確認するためではありません。その行為が、お客様や季節、地域へのどのような配慮から生まれているのかを見つめるためです。
ヒューマンウェアの本当の価値は、決められた動作そのものよりも、動作と動作の間にある「間」に表れる――私はそう考えています。
それは、お客様が言葉にする前の小さな戸惑いに気づくことです。声をかけるべきか、そっと見守るべきかを判断することです。わずかな表情や歩調の変化から、その方が何を必要としているのかを想像することでもあります。
非常時、不安の表れ方は一人ひとり異なります。助けを求めることのできない方、言葉や文化の違いによって状況を理解できない方、外見からは分からない支援を必要とする方もいます。こうした人々の存在に気づき、尊厳を損なうことなく手を差し伸べられるか。ラストリゾートとしての宿泊施設を最後に支えるのは、やはり人の観察力と想像力です。
こうした感受性は、個人の資質や訓練だけで生まれるものではありません。スタッフに周囲を観察する余白があるかどうかという、人員配置や業務設計の問題でもあります。
高い稼働率や過度な効率化によって、スタッフが目の前の作業をこなすことだけで精いっぱいになれば、お客様を観察するための「間」は失われていきます。ヒューマンウェアの弱まりは、必ずしも個々のスタッフの能力不足を意味しません。経営や労務の設計が、現場から余白を奪っている場合もあるのです。
ESGにおける「S」、すなわち社会の視点は、地域雇用や女性活躍だけにとどまりません。働く人の尊厳を守り、スタッフがお客様と向き合う時間を確保することも、宿泊施設における重要な「S」の実践ではないでしょうか。
三層は、互いに荷重を分かち合う。
ハード・ソフト・ヒューマンは、独立した三本柱ではありません。互いに荷重を分かち合いながら、お客様の体験を支える三つの層です。
ハードウェアが弱ければ、ヒューマンウェアに負担が集中します。例えば客室の遮音性が十分でなければ、説明や苦情への対応が増え、スタッフの感情労働に伴う負担は大きくなります。
ソフトウェアが弱ければ、優れたハードウェアを導入しても、その価値を十分に生かせません。質の高い寝具を備えても、清掃や点検、交換の仕組みが整っていなければ、その品質を維持することはできません。
ヒューマンウェアが弱ければ、ハードウェアとソフトウェアに込めた意図がお客様に届きません。季節のしつらえも、その土地の文化や迎える心と結びついていなければ、単なる装飾として受け取られてしまうでしょう。
一つの層が一時的に揺らいだとき、残る二つの層が一定の範囲で支える。この補完関係が、宿泊施設のしなやかさを生みます。
ただし、補完には限界があります。一つの層の弱さを、他の層の献身によって恒常的に埋め続けることはできません。設備の不備をスタッフの努力だけで補わせたり、組織の問題を「おもてなしの心」という精神論で覆ったりすれば、いずれ全体が疲弊します。
非常時にラストリゾートとしての役割を果たすためにも、この三層の連携が欠かせません。安全を支える設備があり、それを機能させる仕組みがあり、状況に応じて判断し行動する人がいる。この三つがつながって初めて、宿泊施設は、最後までお客様を守る場所となることができます。
したがって問うべきなのは、三層を個別に採点した合計点だけではありません。三層の間に過度な負担の偏りがないか、相互の支え合いが持続可能な形で設計されているかという点です。
一律に高価な設備を備えることだけが、質の高い宿泊施設の条件ではありません。三層のどこかに変化が生じても、施設全体としてお客様の体験と安全を守ることができるか。その構造に目を向けることが、これからの評価の起点になるはずです。
ホテルであっても旅館であっても、この考え方の根幹は変わりません。施設の形態や価格帯を超えて、「どのようにお客様を迎え、安心と満足を生み出し、必要なときには最後まで守るのか」を見つめることができるからです。
被災した宿にこそ、伝えたいこと。
8月13日、千葉では記録的な大雨となり、地域の暮らしや観光にも大きな影響を及ぼしました。また、7月28日には、熊本県熊本地方で最大震度7の激しい地震が発生しました。新潟でも7月下旬からの大雨によって、住家や道路、河川、農地などに被害が生じています。そして全国各地の宿泊施設は、これまでも幾度となく、地震、豪雨、豪雪などの自然災害と向き合ってきました。
千葉、熊本、新潟をはじめ、自然の脅威と向き合い、今も復旧と再建への道を歩んでおられるすべての皆さまに、心よりお見舞いを申し上げます。
被害を受けた旅館やホテルの中には、建物や設備が傷つき、営業の休止や縮小を余儀なくされたところもあるでしょう。自らも被災者でありながら、お客様の安全確保に努め、地域の人々を支え続けた方々もおられると思います。
十分なことができなかったのではないか。宿としての役割を果たせなかったのではないか。再びお客様を迎えられるのだろうか――そのような思いを抱いている方もおられるかもしれません。
しかし、私は、被災したことによって宿の品質や価値が失われたとは、決して考えません。
災害によって建物が傷ついたことは、宿の品質が失われたことを意味しません。自然の力を前に営業を止める決断をしたことも、宿としての敗北ではありません。お客様とスタッフの命を守るために扉を閉じること、危険が残る中で無理に営業を再開しないことも、ラストリゾートとしての責任ある判断です。
十分な設備が使えない中で避難経路を確保したこと。限られた食材や水を分け合ったこと。交通が途絶え、不安の中にいるお客様へ、分かる範囲の情報を伝え続けたこと。地域の方々を受け入れたこと。そして、自らも被災者でありながら、誰かの不安に寄り添ったこと。それらは、通常の評価項目だけでは測り切れない、宿泊施設の確かな品質です。
災害時には、ハードウェアが損なわれ、ソフトウェアが想定どおりに機能せず、ヒューマンウェアにも大きな負担がかかります。それでも、残された設備を生かし、現場で判断し、人が人を支える。三層が完全ではない状態でも、互いを補いながら命と安心を守ろうとする姿にこそ、その宿が長年培ってきたJapan Qualityが表れます。
被災後の評価は、「何ができなかったか」を数えるためのものであってはなりません。何が人を守ったのか、どの判断が被害の拡大を防いだのか、そして次に備えて三層をどう立て直していくのかを、ともに確認するものであるべきです。
建物や設備の復旧には、長い時間と大きな負担を伴います。元の姿に戻すことが難しい場合もあるでしょう。それでも、非常時に人を思いやり、守ろうとした判断と、その経験から得た知恵まで災害によって失われることはありません。それらは、これから宿と地域を立て直していくための、かけがえのない土台になります。
千葉、熊本、新潟、そして各地で災害に向き合ってこられた旅館やホテルの皆さまが、長い年月をかけて築いてきた宿の価値は、災害によって失われるものではありません。苦しい状況の中で人を守り、地域を支え、もう一度お客様を迎えようとしている。その歩みそのものが、宿泊施設としての誇りであり、次の時代へ受け継ぐべきJapan Qualityなのです。
目指すのは「減点」ではなく「気づき」である。
宿泊施設を評価する視点は、いま大きな転換点にあります。「現時点でどれほど完成しているか」だけでなく、「環境の変化にどれほどしなやかに対応できるか」を見つめる必要が 増しています。
脱炭素、生物多様性、アニマルウェルフェア、地産地消といった要素も、環境に関する点数を積み上げるためだけに存在するのではありません。事業を取り巻く条件が変化したときにも、地域や働く人との関係を保ちながら、お客様の体験を守り続けられるか。その持続する力を見つめるためのものです。
感染症、自然災害、人材不足、エネルギー価格の上昇など、宿泊施設の経営は、いくつもの変化にさらされています。
同時に、宿泊施設は、単独で存在する建物ではありません。旅人を受け入れる場であるとともに、状況によっては地域住民や帰宅困難者を支え、地域社会の安心を下支えする拠点にもなり得ます。平常時の快適性だけでなく、非常時にどのような役割を果たせるかを見つめることは、これからの宿泊施設評価において重要性を増していくでしょう。
そのようなとき、ハードウェアへの投資だけに解決を求める。マニュアルを増やすことで安心しようとする。あるいは、現場の努力や精神論だけに頼る。一つの層だけに解決を委ねれば、三層の支え合いは、かえって崩れやすくなります。
最後に、読者の皆さまへ。
皆さまの宿は、静的な完成度を目指しているでしょうか。それとも、平常時には心地よい滞在を提供し、予期せぬ事態に直面したときにも、三つの層で人を支える、しなやかで息づく宿を目指しているでしょうか。
ハード・ソフト・ヒューマンという三層構造は、施設の優劣を測るためだけの物差しではありません。それは、宿泊施設の経営そのものを見つめ直すための設計図です。
そして設計図は、一度描いたら完成するものではありません。災害によって傷つき、書き換えを余儀なくされることもあります。しかし、その経験によって初めて見える線があります。守るべきものが明確になり、次の世代へ伝えられる知恵が生まれます。
その設計図をどう描き、変化に応じてどう描き直していくのか。問われているのは、評価をつくる側だけでも、日々お客様を迎える現場だけでもありません。経営者、現場、そして評価に携わる者が、それぞれの立場から三層のつながりを見つめ直すことが必要です。
Sakura Qualityとは、単なる評価制度の名称ではありません。日本の宿泊文化が育んできた、細部への配慮、先を読む感受性、地域との共生、そして人を尊重する姿勢を、現代の経営と世界の共通言語へつなげていくJapan Qualityです。
そのJapan Qualityは、建物が無傷であることや、すべてが計画どおりに機能することだけによって証明されるものではありません。困難に直面したとき、誰を守り、どのように支え、そしてどのように立ち上がろうとしたのか。その判断と行動の中にも、確かに宿っています。
被災された宿の皆さまが、再びお客様を迎える日は、単なる営業再開の日ではありません。地域に安心の灯が戻る日であり、旅する人にとってのラストリゾートがよみがえる日です。
皆さまが長い年月をかけて積み重ねてきた宿の価値は、災害によってなくなってはいません。建物や設備が傷ついても、人を迎え、守り、地域とともに歩んできた歴史まで失われることはありません。
Japan Qualityを守り、時代に合わせて磨き続けていく仕事は、評価制度だけが担うものではありません。経営者、現場で働く方々、地域、そして評価に携わる私たちが、それぞれの立場から、ともに担っていくものです。
私たち評価に携わる者も、外から点数をつけるだけの存在であってはなりません。同じ道を歩む一員として、皆さまとともに設計図を描き直し、そこから生まれた知恵を次の世代へつないでいきたいと考えています。
Sakura Qualityが、そのための「気づきの原点」となり、宿と地域がもう一度立ち上がる力の一端を担うことができれば、開発に携わってきた者として、これ以上の喜びはありません。
株式会社日本 ホテルアプレイザル代表取締役/株式会社サクラクオリティマネジメント代表取締役/一般社団法人宿泊施設関連協会副理事長 北村剛史




