北村氏
はじめに
同じ地域に立地し、客室数や施設グレードも似ているホテルであっても、ADR、客室稼働率、RevPAR、料飲売上、宴会売上、GOPなどの経営指標には、大きな差が生じます。
その違いは、立地、客室、設備、サービス、ブランドなど、どれか一つだけでは十分に説明できません。ホテル内部に蓄積された力と、ホテルの外部に存在する地域の需要や資源とが、どのように結び付き、宿泊体験や価格へ変換されているかによって、実際の収益力が変わるからです。
優れた立地にありながら、地域の価値を十分に取り込めていないホテルがあります。反対に、必ずしも一等地ではなくても、地域の文化、食、産業、自然、人流及び物語と深く結び付き、高い支持と価格形成力を持つホテルもあります。
ホテルの価値は、建物の中だけで生まれるものではありません。また、地域に魅力が存在するだけで、自動的に高まるものでもありません。
ホテル内部の力と地域の力とが、適切な形で結び付いたときに、初めて大きな価値が生まれます。
本稿は、長年にわたるホテル評価、事業収支分析、マーケット分析及び地域分析の実務を通じて構築した「Kitamuraホテル経済重力モデル(Kitamura Hotel Economic Gravity Model:K-HEGM)」を提示するものです。
本モデルでは、ホテルが人、情報、体験、消費、滞在及び地域内の活動を引き寄せる総合的な力を、「ホテルの経済的重力」と定義します。
その基本式は、次のとおりです。
G=(F+S+B)×(1+N)
Gはホテルの経済的重力、Fは施設の力、Sはサービスの力、Bはブランドの力、Nは地域ネットワーク接続力を表します。
本モデルの考え方は明快です。
ホテル内部の力は足し算です。
地域とのつながりは掛け算です。
経済的重力は、その結果です。
本モデルにおける加算及び乗算は、複雑なホテル価値の形成構造を、実務上理解し、比較し、議論できる形で表現するための基本形です。
したがって、本式は、特定のADR、収益又はホテル価値を自動的に算出する、統計的に確定した価格公式ではありません。ホテルの価値形成構造を整理し、現在の強み、地域との結び付き、未活用の可能性及び適切なホテル業態を考えるための理論モデルであり、実務的な分析フレームワークです。
1.ホテル内部を構成する三つの力
ホテル内部の総合力を、内部質量Mと呼びます。
M=F+S+B
F、S及びBは、現実には相互に影響し合います。
優れた施設は、サービスによって価値へ変換されます。優れたサービスの積み重ねは、ブランドを形成します。また、強いブランドは、施設やサービスに対する期待と価格受容性を高めます。
本モデルでは、こうした相互関係を認めたうえで、ホテル内部の価値形成要因を理解しやすくするため、施設、サービス及びブランドという三つの要素へ分析上区分します。
施設の力F
施設の力Fには、客室数、客室面積、客室構成、眺望、レストラン、宴会場、会議室、温浴施設、スパ、ラウンジ、庭園、キッチン、ランドリー、駐車場などが含まれます。ただし、施設は多ければよいわけではありません。宴会需要の乏しい地域に大宴会場を設けても、十分に利用されなければ、それは強みではなく固定費になります。反対に、家族、グループ、訪日外国人及び連泊客が多い地域で、広い客室、キッチン及び洗濯設備を備えれば、それらは高い宿泊価値を生み出します。施設の力とは、建物の大きさや設備の数ではなく、地域需要に合った機能が、適切な規模と構成で備わっていることです。
サービスの力S
サービスの力Sには、接客、料飲・宴会運営、予約販売、レベニューマネジメント、多言語対応、コンシェルジュ、地域案内、長期滞在支援、ウェルネス及び文化体験などが含まれます。サービスとは、施設や地域資源を、お客様が実感できる宿泊価値へ変換する運営力です。優れた施設があっても、それが意味のある滞在体験へ変わらなければ、高い価格形成力にはつながりません。
ブランドの力B
ブランドの力Bには、知名度、信頼、口コミ、歴史、会員基盤、リピーター、指名予約、ランドマーク性、運営会社への評価及び地域との物語などが含まれます。単に有名であることと、高い料金を支払ってでも選ばれることは同じではありません。ブランドの力とは、そのホテルが選ばれる理由、信頼及び価格受容性の蓄積です。
したがって、内部質量Mは、ホテルの規模そのものではなく、対象地域の需要に対して有効に機能するホテル内部の総合力を表します。
2.地域とのつながりを表すN
Nは、地域に存在する交通、観光、文化、飲食、商業、産業、MICE、医療、教育、自然及び人流などと、ホテルが実際にどの程度結び付き、それらを宿泊価値や収益へ変換できているかを表します。
ここで、最も重要な原則があります。
地域に魅力が存在することと、ホテルがその魅力を活用できていることは、同じではありません。
例えば、国際会議場に隣接していても、参加者を低単価の団体宿泊として受け入れるだけでは、客室稼働率には貢献しても、高い価値へ十分に変換できない可能性があります。一方で、多言語対応、VIPサービス、会議と連動した料飲、専用動線、長期滞在支援などを備えれば、同じ立地から、より高い宿泊価値を生み出すことができます。寺社や文化施設の近くにあっても、「徒歩3分」と案内するだけでは、地域性は立地情報にとどまります。地域の工芸、食、歴史及び体験を、客室、料飲、館内演出、宿泊プラン及びブランドへ取り込むことで、初めて地域性がホテルの価値になります。
つまり、Nは距離ではなく、取り込み方を表します。
Nがプラスであれば、地域とのつながりはホテル内部の力を増幅します。Nがゼロであれば中立であり、Nがマイナスであれば減衰させます。
騒音、混雑、交通障害、災害リスク、地域イメージの低下、競合ホテルの過剰供給などは、マイナス要因となり得ます。
地域が有名であるから、ホテルの価値が自動的に高まるわけではありません。
地域の需要や資源を、施設、サービス、販売及びブランドを通じて、顧客が認識できる価値へ変換できているかが重要です。
3.三つの状態から未実現価値を読み解く
本モデルでは、ホテルを三つの状態で比較します。
第一は、地域ネットワークの影響を除いた基礎状態です。
G₀=M
これは、施設、サービス及びブランドが持つ基礎的な内部力を確認するための理論上の状態です。
現実には、完全に地域から切り離されたホテルはほとんど存在しないため、G₀は分析上設定する基礎状態として扱います。
第二は、現在の地域ネットワーク活用状態です。
Gₐ=M×(1+Nₐ)
Nₐは、対象ホテルが現在の施設、サービス、販売、運営及びブランドを通じて、地域の需要や資源をどの程度価値へ変換できているかを表します。
第三は、現実的に到達可能な潜在状態です。
Gₚ=M×(1+Nₚ)
Nₚは、対象ホテルが、立地、建物、投資可能性、人員、運営能力、法規制及び市場環境を踏まえて、現実的に活用可能な地域ネットワーク接続力を表します。Gₚは、理論上の無制限な最大値ではありません。現在の制約条件の中で、運営改善、販売改善、地域連携、施設改修又はブランド再構築などを通じて、現実的に到達できる可能性がある状態です。
現在すでに得ているネットワーク効果は、次のように表します。
Gₐ-G₀=M×Nₐ
また、現在の状態と、現実的に到達可能な潜在状態との差は、次のように表します。
Gₚ-Gₐ=M×(Nₚ-Nₐ)
この差は、改善施策によって実現できる可能性がある未実現価値を示します。
ただし、この差が、そのまま売上や利益として回収できることを意味するものではありません。実現には、投資、運営変更、人材、時間、市場需要及び価格受容性が必要です。したがって、未実現価値は「回収を保証する金額」ではなく、改善余地と、その所在を示す診断上の概念として扱います。本モデルが重視するのは、単に競合ホテルと比較することではありません。
「他のホテルよりADRが低い」という比較だけではなく、そのホテル自身が本来持つ施設、サービス、ブランド及び地域との結び付きのうち、何が十分に活用されていないのかを明らかにすることです。
4.地域に適したホテルカテゴリーを判断する
K-HEGMは、地域の魅力度を評価するだけでなく、その地域にどのホテルカテゴリーが適するかを考えるためのモデルです。
国際観光、富裕層需要、歴史・文化、眺望、広い敷地及び静かな環境がそろう地域では、ラグジュアリーホテル又は小規模高付加価値ホテルが適する可能性があります。法人、会議、婚礼、宴会及び地域住民による料飲需要が厚い都市では、フルサービス型シティホテルが適する場合があります。交通利便性が高く、短期宿泊需要が中心であれば、セレクトサービスホテル、ビジネスホテル又は2.5スターホテルが合理的です。家族、グループ、訪日外国人及び連泊需要が多い地域では、広い客室、キッチン及び洗濯設備を備えたアパートメントホテルが適する場合があります。温泉、食、自然、文化及び地域との交流が宿泊目的となる地域では、旅館、リゾート又は地域体験型ホテルが適します。
判定では、地域ネットワークだけでなく、敷地面積、容積率、高さ・景観規制、駅距離、眺望、競合、建築費、人材、想定客室数、客室面積、料飲・宴会需要、季節性及び事業リスクを確認します。
最も豪華なホテル、最も大きなホテルが正解なのではありません。
地域の力を、必要投資、運営費、人員及び事業リスクとのバランスを保ちながら、最も有効に宿泊価値、ADR、RevPAR、GOP及び事業価値へ変換できるホテルが、その地域に適したホテルです。
5.ADRは地域価値の転換結果として考える
ADRは、地域が有名であるだけでは高まりません。客室面積、施設品質、サービス、ブランド、販売力、顧客構成、競合状況、季節性及び地域との結び付きが一体となり、顧客がその価格を受け入れる理由が形成されたときに、初めて高いADRが実現します。同じ地域にあり、同じ客室面積を持つホテルであっても、ブランド、サービス、料飲、ウェルネス、文化体験、販売網及び地域資源の取り込み方が異なれば、実現できるADRも大きく異なります。
したがって、ADRを分析する際には、次の三つを区別します。
・第一は、施設、サービス及びブランドから形成される基礎的な価格形成力です。
・第二は、現在の地域ネットワーク活用状態を反映したADRです。
・第三は、施設、サービス、ブランド、販売及び地域連携を現実的に改善した場合に、到達可能と考えられる潜在ADRです。
・潜在ADRは、地域内で最も高いADRを、そのまま対象ホテルへ当てはめるものではありません。
比較ホテルとの施設、サービス、ブランド、客室構成、販売力及び運営力の違いを確認する必要があります。また、ADRを引き上げることで客室稼働率が低下する可能性もあります。そのため、ADRだけを単独で評価せず、客室稼働率、RevPAR、料飲売上、GOP、必要投資及び事業リスクと併せて検討します。
本モデルにおけるADR分析は、特定の価格を断定するためのものではありません。
地域の力が、どのような施設、サービス及びブランドを通じて、どの程度の価格形成力へ変換され得るかを読み解くものです。
6.地域分析における使用手順
本モデルを都市、地域又は開発予定地へ適用する場合は、次の順序で分析します。
まず、交通・アクセス、観光・文化、飲食・商業、法人・産業、MICE、医療・教育、自然・景観、人流、回遊性、滞在性、季節変動及びマイナス要因を整理します。
次に、ラグジュアリー、フルサービス、ライフスタイル、セレクトサービス、ビジネス、2.5スター、アパートメント、旅館及びリゾートなどのホテルカテゴリーを比較します。
そのうえで、最適カテゴリー、次点カテゴリー及び慎重に判断すべきカテゴリーを示し、望ましい立地、客室数、客室面積、客室構成、料飲、宴会、温浴、ラウンジ、サービス及びブランドの方向性を検討します。
既存ホテルを分析する場合は、そのホテルのF、S、B及び現在のNₐを確認し、現実的に到達可能なNₚとの差から、運営、販売、地域連携、施設改修及びリブランドの方向性を整理します。
ADR、客室稼働率及びRevPARを示す場合には、比較ホテル、市場データ、客室面積、顧客構成、販売チャネル、季節性及び前提条件を明記し、原則として単一値ではなくレンジで示します。
また、事実、推定及び仮説を区別し、データが不足する場合には断定を避けます。
さらに、ホテル開発では、客室売上だけでなく、料飲売上、宴会売上、人件費、運営費、ブランドフィー、建築費、改修費及び投資回収可能性まで確認します。
本モデルによる初期分析は、最終的な鑑定、投資判断又は事業収支を保証するものではありません。最新データ、現地調査、比較ホテル分析、市場需給分析、収支分析及び専門家による検証と併用する必要があります。
結び
ホテルの価値は、建物の中だけでは決まりません。施設、サービス及びブランドが、地域の交通、観光、文化、食、産業、MICE、自然及び人流と適切に結び付いたとき、初めて大きな経済的重力が生まれます。地域とホテルとの結び付きは、固定された事実ではありません。
運営、販売、施設、サービス、地域連携及びブランドによって、継続的に設計し、深めることができます。同じ立地、同じ建物、同じブランドであっても、地域との結び付き方によって、そのホテルが発揮する価値は大きく異なる可能性があります。
ホテル経営とは、ホテル内部の力を高めるだけでなく、地域との結び付きを設計し、その力を、お客様が実感できる価値へ変換し続ける営みでもあります。
・ホテル内部の力は足し算です。
・地域とのつながりは掛け算です。
・経済的重力は、その結果です。
以上の考え方、定義及び分析手順を総称して、Kitamuraホテル経済重力モデル(Kitamura Hotel Economic Gravity Model:K-HEGM)と呼びます。
本モデルは、長年にわたるホテル評価、事業収支分析、マーケット分析及び地域分析の実務から導き出された理論モデルであり、ホテル内部の力と地域ネットワークとの結合関係を、構造的かつ比較可能な形で示すものです。
本稿の目的は、あらゆるホテルに共通する唯一の係数又は価格算定式を確定することではありません。ホテル価値がどのような構造で形成され、地域との結び付きによってどのように増幅又は減衰し、どこに未実現価値が存在するかを読み解くための基本原理を提示することにあります。
F、S、B及びNの具体的な測定尺度は、ホテルカテゴリー、地域、市場環境及び分析目的に応じて設定されます。
今後の事例分析及び定量的検証は、本モデルの成立条件ではなく、その適用精度と応用範囲をさらに高めるための発展過程として位置付けられます。
K-HEGMが問いかけるのは、単に「この地域は魅力的か」ということではありません。この地域の力を、どのようなホテルが、どのような施設、サービス及びブランドによって、最も大きな宿泊価値へ変換できるのか。
現在のホテルは、その可能性をどこまで実現できているのか。
そして、まだ実現されていない価値は、どこに存在するのか。
これらの問いを、ホテル内部の力と地域ネットワークとの結合関係から、構造的かつ比較可能な形で提示することが、Kitamuraホテル経済重力モデルの役割です。
本モデルは、地域の魅力を語るためだけのモデルではありません。
地域の力をホテル価値へ変換する構造を読み解き、その地域にふさわしいホテルの姿、価格形成力及び未実現価値を明らかにするためのモデルです。
【推奨引用表記】
北村剛史「Kitamuraホテル経済重力モデル――地域ネットワークによる価値の増幅と、未実現価値を読み解く新たな分析手法――」株式会社日本ホテルアプレイザル。
© Takeshi Kitamura / Japan Hotel Appraisal Co., Ltd.
株式会社日本 ホテルアプレイザル代表取締役/株式会社サクラクオリティマネジメント代表取締役/一般社団法人宿泊施設関連協会副理事長 北村剛史




