東京・谷中「澤の屋旅館」の主だった澤功さんが7月4日にご逝去されました。
昨年末くらいに体調を崩されたそうですが、最後はご自宅でもある「澤の屋旅館」で眠るような最期を迎えたそうです。
私はお通夜に参列し、澤さんとお別れをしてきましたが、とっても穏やかで、今にも起きておしゃべりしそうな表情で、とても奇麗なお顔でした。
澤さんは新潟のご出身でしたので同郷の先輩であり、一時期は「VISIT JAPAN大使」の会合は一緒に出席していましたご縁もあり、今回は澤さんをしのびたいと思います。
澤さんは観光業界、宿泊業界なら誰もがその名を知る、レジェンドです。
訪日客を積極的に受け入れる「ジャパニーズ・イン・グループ」の会長としてグループをけん引してきました。日本観光旅館連盟(当時)副会長、東京都ホテル旅館生活衛生同業組合理事なども歴任され、多くの公の職にも就かれていました。観光庁が任命する「観光カリスマ」や「VISIT JAPAN大使」としても活動されました。こうした豊かな経験について、私は講演で聴いたことがあります。
澤さんが語る訪日客受け入れの心得は「これまで未経験でも、明日からできるかもしれない」と勇気を与えてくださり、長年培ってきたノウハウを惜しみなく公開する姿は、皆から慕われました。
とある温泉宿のオーナーから、「山崎さん、澤さんと親しいなら、澤さんとの会食の席を設けてほしい。僕たちの町づくりが成功したのは澤さんのお考えに触れたからなんだ」と頼まれたこともあります。
「澤の屋旅館」は、昔ながらの町並みや生活文化が残る東京の谷中にあります。日本家屋を彷彿(ほうふつ)とさせる格子の扉を開けると、すぐに帳場があり、カウンター越しにいつも柔和な表情の澤さんが座っておられました。帳場の正面にはロビーが広がり、訪日客がくつろいでいます。
私が澤さんを訪ねると、いつも澤さんはお客さんから届いた手書きのお便りを見せてくださいました。
特に記憶に残っているのは、コロナまん延の初期の頃です。澤さんが「見てください」と抱えるようにして持ってきた手紙の束には、「今は行けないけれど、澤の屋、頑張って」という思いが多数書かれていました。それらの手紙にはイラストが添えられてあったり、「澤の屋旅館」で撮った写真が入っていたりしました。
手紙を見せてくださりながら、澤さんが奥様と、お客さんの海外のご自宅を訪ねた時の様子を語ってくださいました。
「うちはこんな小さな宿ですが、お客さまの家を訪ねたら、うちよりもはるかに広くて、大きな家にびっくりしました」と、それはそれはうれしそうに。
また「私は銀行員だったので、今でも澤の屋の経理は私が担当しています」とおっしゃっていたので、晩年も「澤の屋旅館」を支える存在だったのでしょう。
「澤の屋旅館」には、ご長男の澤新氏という頼もしい後継ぎがいます。澤さんのように誠実で優しいお人柄の新さん。ここ数年、「ぬいぐるみフレンドリー」という、自分のお気に入りのぬいぐるみと旅する”ぬい活”を積極的に受け入れています。コアなファンの口コミやSNSなどでも注目されています。新さんは、澤さんの志を継がれて、さらに「澤の屋旅館」を盛り立てていかれることでしょう。
澤さんのご冥福を心からお祈りします。
(温泉エッセイスト)




