森トラスト伊達社長「2030年インバウンド6000万人は実現する」 観光産業の強靭化が最重要


 森トラスト株式会社は7月14日、東京・赤坂の「1 Hotel Tokyo」で訪日客動向に関するメディアミーティングを開催した。代表取締役社長の伊達美和子氏が登壇し、2026年の訪日外国人客数見通し、観光産業の強靭化に向けた課題、そして2030年目標の達成可能性について見解を示した。

 2025年に過去最高の4268万人・消費額9.45兆円を記録したインバウンドだが、2025年11月の中国政府による訪日自粛要請や中東情勢に起因する原油価格高騰・燃油チャージ上昇が相次いで顕在化し、2026年は波乱の幕開けとなっている。伊達氏は「今年は横ばいになる可能性があるが、2027年以降に年平均10%で成長すれば、2030年の6000万人目標は達成できる」と断言した。

 

中国客は最大60%減、中国以外でカバー

 2026年1月から5月の訪日外国人客数は前年比1.1%減で推移。中国からの訪客は各月で前年同月比45.2〜60.7%減と大幅に落ち込んでいる。伊達氏は「1月と2月の差は春節のタイミングのズレによる影響もある。ただ後半になるほど自粛の具体化が進んでおり、5月には60%減という状況になっている」と説明した。

 一方、中国以外の国・地域からの訪客は1〜5月平均で前年比14.1%増。月によっては21.1%増(2月)・17.3%増(3月)を記録するなど堅調な伸びが続き、中国分の減少を補っている。伊達氏は「6月も5月と比較的近い状況ではないか。我々のホテルも首都圏中心に前年を下回っているわけではない」と述べた。ただしリゾートエリアでは若干の悪化傾向も見られるとした。

 訪日客の国・地域構成も大きく変化。2019年時点で約30%を占めた中国の比率は、2026年1〜5月には約9.6%まで低下した。相対的に欧米豪の比率が上昇しており、アジア全体の比率は2025年の84.1%から2026年1〜5月には76.9%へと縮小している。伊達氏はこの変化を「日本がずっと目指してきた姿に近づいている。欧米豪の観光客は滞在日数が長く、1人当たりの消費単価も高い。国籍構成比の改善という意味では、むしろこれに近づいてきた」と評価した。

 

2026年通年は4050万〜4200万人の見通し

 下半期の見通しについて、伊達氏は3つのシナリオを提示した。

 前半ペースが継続した場合はシナリオAとして約4200万人、中国以外の成長率が前半の4分の3に縮小した場合はシナリオBとして約4160万人、同じく3分の1に縮小した場合はシナリオCとして約4050万人。

 「我々が実際にホテルを運営している限りにおいて、夏・秋の集客予約状況は非常に好調だ。燃油チャージの影響は若干あるものの、円安の方が力強く集客を支えている。シナリオCまで落ち込むとは考えにくく、シナリオAからBの間に収まるのではないか」と述べた。また「中国以外が年間わずか2.5%程度の伸びを維持するだけで4000万人を超える。それだけ底堅い需要がある」とも強調した。

 

2027年以降10%成長で6000万人は射程に

 2026年が横ばいに終わったとしても、2030年目標の達成可能性は残ると伊達氏は主張する。

 UN Tourismが発表したアジア・太平洋地域の2026〜2030年の年平均成長率は約10%。伊達氏は「立地的に有利な日本であれば可能性はある。現在、中国は全体の約10%の比率に落ち着いているが、その水準を維持しながら他国で10.5%の成長を達成すれば6000万人に届く計算になる。2026年前半は中国以外で14%超の伸びが出ていることを考えれば、可能性は十分に残っている」と語った。

 インバウンド消費額の規模についても言及。2025年のインバウンド消費は9.5兆円で、すでにアパレル産業市場規模や半導体輸出額を上回る水準にある。2030年には15兆円に達し、経済波及効果は2.8兆円(森トラスト独自推測、総務省「経済波及効果算出ツール」使用)に上ると試算。日本人旅行消費も含めた観光全体の経済波及効果は2025年時点で67兆円に達するとした。

 

「観光産業の強靭化が最重要」2030目標実現の鍵

 2026年3月末に閣議決定された「観光立国推進基本計画(第5次)」は、2030年に向けた3本柱として「インバウンドの戦略的な誘客と住民生活の質の確保との両立」「国内交流・アウトバウンド拡大」「観光地・観光産業の強靭化」を掲げる。

 伊達氏はこの3本柱のうち「観光地・観光産業の強靭化が最も重要だ」と位置付けた。「オーバーツーリズムの対策も、インバウンドの誘客も、国内旅行の振興も、すべてベースとなる観光産業の基盤があってこそ実行できる」と述べた。

 オーバーツーリズムに関する報道件数は、2025年第1〜2四半期の2593件から2026年同期には2195件へと15%減少。特にネガティブ記事は70%減となっている(サンプル460記事を分析)。伊達氏は「国籍構成比の変化、観光客が各地に分散し始めたこと、ルールを理解するリピーターが増えたこと、団体から個人への移行などが複合的に影響している」と分析した。

 国内旅行についても順調な推移を確認。国内旅行消費額は2025年に26.8兆円に達し、2030年目標の30兆円に向けて着実に積み上がっている。日本人の地方部延べ宿泊者数は2025年に3.1億人で、2030年目標の3.2億人まであと一歩の水準となっている。

 

宿泊税は「戦略財源」、福岡市や奈良市の事例を提示

 観光産業の強靭化を支える財源として、伊達氏は宿泊税・地域未来交付金・国際観光旅客税(出国税)・民間投資の活用を提唱した。

 宿泊税の導入自治体数は着実に増加。導入済み・導入予定の自治体が55、検討中が92に上るとされる(2025年8月25日共同通信社報道より)。

 「財源は観光客を受け止めるためだけでなく、観光地の持続的成長を支えるために使わなければならない」と伊達氏。宿泊税を戦略財源として機能させるための3条件として、①何を解決しどの地域価値を高めるのかという目的の設定、②人材・資源・受入環境のどこに投資するかの見える化、③住民・事業者と共有した合意形成と効果検証、の3点を挙げた。

 好例として福岡市を紹介。「福岡市観光振興条例」では宿泊税の使途の明示を定め、毎年翌年度の予算要求時に全庁照会・宿泊事業者ヒアリングを経て予算編成を行い、「見える化資料」をウェブで公開している。重点投資の対象も、2020年の感染症予防対策から2021年の多言語対応、2023年の就職説明会、2026年の高付加価値旅行推進へと時代に即してシフトさせている点を評価した。

 

長崎・熊本・奈良の実践事例

 地域別の取り組みとして、ヒト・モノ・カネの3観点から3つの実践例が示された。

 長崎市は「観光教育」を通じたシビックプライドの醸成に力を入れている。長崎大学・市教育委員会・観光政策課などが連携し、宿泊税も活用して街全体での教育を推進。産業人材の育成ではなく「誇りの育成」を目的と位置付けており、若年層の流出抑制と地域活性化に取り組む。

 熊本県はワンピースの作者が熊本出身であることを活かし、ルフィ像など人気コンテンツのキャラクター像を県内各地に配置。同像1体だけで年27億円の経済効果があると報告され、2019〜2023年の外国人旅行者滞在者数増加率は2.14倍と47都道府県で最高を記録した。

 奈良市は官民連携による高付加価値ホテル誘致と夜間観光・宿泊コンテンツ強化を推進。伊達氏は「我々も奈良に2つのホテルを開業したが、我々が発表することで別のホテルの開発案件が10軒ほど出てきた」と述べた。その結果、2024年の観光消費額が生み出す経済波及効果は1320億円(前年比54%増)、外国人宿泊者数は44.5万人と過去最多を記録している(「2024年 奈良市観光入込客数調査」より)。

 

「戦略なくして場当たり的な戦術に走ってはいけない」

 地域未来交付金の活用についても言及。観光分野での活用領域として高付加価値観光、インバウンド地方誘客、観光コンテンツ造成、受入環境整備、観光DXが想定されているが、伊達氏は「これらは全て戦術だ。戦術を場当たり的に実行しても付加価値は生まれない」と警鐘を鳴らした。

 「まずその地域の強みは何か、それをどう活かすかというビジョンを考える。次にそれが具体化しない課題を設定し、優先順位を定めてロードマップを作る。その上で戦術を実行する。付加価値が上がれば宿泊税収も増え、民間投資も集まり、地域独自の財源が確保される。それが循環型の観光地経営だ」と述べた。

 

観光産業強靭化の最大課題は「労働力確保」と「建築コスト」

 観光産業の強靭化に向けた最大の課題として、伊達氏は労働力の確保と新規投資できる環境の整備を挙げた。

 宿泊業の人材確保については「ホテルや観光の専門学校に入学する学生自体は増えているが、ホテルに就職してくれる人が増えにくい。コロナ禍の不安定さから産業を離れた人も多く、ご両親がなかなか納得してくれないという事情もある」と指摘。労働環境の改善、スキルアップの仕組みの体系化、外国人労働者の受入促進が必要とした。

 外国人採用については「宿泊産業はほとんど活用できていない。達成度は45%程度。試験回数の少なさ、相手国での受験機会の不足、ホテル側の受入体制の問題など、課題が複合的に絡んでいる」と述べた。

 建築コストについては「異常なレベルで高くなっており、資材の問題もあるが根本は労働力不足だ」と説明。「今立っている建物は数年前の計画によるもの。これから先の新規投資が停滞すると、市場に新しい資産が増えない。東京の魅力、地方の観光誘客に悪影響を及ぼす懸念がある」として政府の対応を促した。既存施設の改修・リノベーションも重要な選択肢としながら、新規投資ができる環境整備が不可欠との認識を示した。

 地方への観光客誘致に関しては、ライドシェアの規制緩和と、ホテルによる送迎事業の許可拡大を国に求めるべきと提言。「空港からのバスの充実や、ホテルが観光客の数に合わせた送迎を有料で提供できるよう、規制を見直してほしい」と語った。

 外国人の誘客戦略については、ターゲット国に強いホテルブランドを誘致することの重要性を指摘。「欧米豪の旅行者が行こうと思える施設があることが大前提だ。その国で信頼されているホテルブランドが日本に進出していることで、そのブランドを通じて日本への旅行が広がる」と述べた。

 伊達氏は最後に「2030年に6000万人の時代は来ると確信している。地域の戦略に根ざした正しい戦術への投資、地域価値を高める投資循環を作り上げ、観光地の強靭化を進めることが今まさに求められている」と結んだ。

 なお、森トラスト・ホテルズ&リゾーツ株式会社は現在、東京エディション虎ノ門、東京エディション銀座、JWマリオット・ホテル奈良、コンラッド東京、ヒルトン小田原リゾート&スパ、ヒルトン沖縄瀬底リゾートなどを経営している。

【kankokeizai.com 編集長 江口英一】

 
 

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