――自身が思う、また大事にしている「温泉文化」とは。
温泉文化を語る上でのキーワードは「物語」だ。高僧や動物による発見伝説など、それぞれが独自の物語を持つ。
私の地元にある妙高山は、元々は修験道の修行の場であり、山全体が神社の境内のような存在だった。僧侶しか立ち入ることが許されなかったほどの聖域で、そこに温泉があると知りながらも容易に引くことができず、江戸時代になってようやく開発されたという歴史がある。
湯につかるという行為自体が、ある意味、日本独自の文化といえる。欧米をはじめ多くの国は入浴をシャワーで済ませるのが一般的であり、湯船につかる習慣があまりない。日本は温泉があったからこそ湯につかるという行為が文化として根付いたのだろう。さらにいえば、浴衣を着て、和食を食べ、畳の部屋で寝るという温泉地に泊まる旅もまさしく日本ならではの文化だ。
――「温泉文化」を次世代に継承する上での課題は。
最大の課題は、若い世代が湯につかるという行為から遠ざかっていることだ。住宅環境の変化などで、シャワーで済ませる習慣が欧米のように広がっている。
かつては銭湯の番台のおじさんやお客さんが入浴マナーを教えてくれるような「しつけ」の場があったが、今は各家庭に風呂があり、正しいマナーを教えてくれる人があまりいない。「裸の付き合い」という言葉もあるが、若い人の中ではあまり使われない。温泉旅行を通じてこれらの機会をつくることも、温泉文化の次世代への継承において必要だ。
交通機関が発達していなかった昔は、温泉地に行くのも一苦労だったが、今は状況が変わっている。温泉に行かないのは「もったいない」ことだ。
私が主宰する温泉ソムリエのセミナーでは、温泉入浴によるさまざまな効果を伝えている。入浴前に十分な掛け湯を行うことで全身の血管が開いて血の巡りが良くなり、最初に湯船に入った瞬間の気持ちの良さが掛け湯をしない時とは全く変わってくる。そんな効果を実感してもらうことも湯につかるという入浴習慣の定着につながると考える。
――「温泉文化」をどのように海外に発信するか。
まず、「ホットスプリング」ではなく、「温泉」という日本語を世界に広めたい。「日本酒」が「サケ」として世界共通語になりつつあるように、「温泉」という言葉そのものを海外で定着させたい。
海外ではバカンスという長期休暇の文化が根付いている。日本の温泉、そして温泉文化を知ってもらうことによる、海外の人々の温泉地での長期滞在、湯治が増える効果も期待したい。
「湯治は、七日一めぐり、三めぐりを要す」という言葉がある。「湯治は3週間連続で効果が出る」という意味だ。海外の人はもとより、日本の人にも長期の温泉地滞在をしていただきたいが、今はなかなか難しい。そこで、「まずは2泊から」と提案したい。2泊すれば中日に丸1日、温泉地にいられ、地域の魅力を十分に味わうことができる。
――「温泉文化」がユネスコ無形文化遺産に登録されることの意義は。
日本の温泉は先ほど述べたように文化的な背景を持つものであり、その「形のない部分」が評価されることは日本の文化自体が評価されることでもあり、うれしいことだ。
雨水が地中に浸透し、マグマと出会い、再び地上に湧き出るまでには数百年、数千年という時間がかかる。今、私たちが入っている温泉は、遠い祖先の時代に地中に染み込んだ水が、長い時間をかけて温泉となり、われわれに届けられたものだ。その物語も「無形の文化」であり、価値あるものだ。
温泉文化がユネスコ登録によって海外に認められるだけでなく、日本人が自国の文化を再評価するきっかけになることへの期待も大きい。
私の地元、赤倉温泉は各宿が掛け流し温泉という高いポテンシャルを持っており、伸びしろは十分にあると見ている。温泉文化のユネスコ登録を契機として、地域の魅力をさらに強化し、地方創生につなげたい。
【聞き手=森田淳】

遠間氏




