体験は「買えない」、有機的に育むもの――旅館オーナーと大手ホテルが語るホスピタリティの未来 紅鮎・プリンス・マリオットが登壇


奥びわ湖尾上温泉「旅館紅鮎」社長の山本亨平氏

 WiT Japan2026は6月2日、次世代のホスピタリティをテーマにしたパネルディスカッションを開いた。

 トラベルテクノロジーのグローバルカンファレンス「WiT Japan2026」が6月1・2日の2日間、ウェスティンホテル東京で開かれた。2日、奥びわ湖尾上温泉「旅館紅鮎」社長の山本亨平氏と、西武・プリンスワールドワイド グローバルマネジメント部次長の長谷部昌也氏が、マリオット・インターナショナル デジタルAPEC副社長のマーク・シュライブス氏、モンタラ・ホスピタリティ・グループ エグゼクティブ・ディレクターのモリス・シム氏と共に登壇した。

 セッションのテーマは「次世代のホスピタリティ:発見、流通、体験」。モデレーターはWiT(ウェブ・イン・トラベル)創業者のヨー・シウフン氏が務め、日本の旅館オーナーから大手グローバルホテルグループの幹部まで、多様な立場の登壇者が今後20年のゲスト体験の変化について議論を交わした。

登壇者の左から紅鮎の山本氏、マリオットのシュライブス氏、西武プリンスの長谷部氏、モンタラ・ホスピタリティ・グループのシム氏

 

西武プリンスがエースホテルを買収、ライフスタイルブランド強化へ

 冒頭、司会のシウフン氏は「次の20年間で、ゲストが皆さんを選ぶ理由は何か」と問いかけた。

 長谷部氏は、西武ホールディングスが、米国のライフスタイルホテルブランド「エースホテル」を運営するエースグループ・インターナショナルとクリエイティブエージェンシーのアトリエエースを約9000万ドルで買収したことを明かし、その戦略的背景を説明した。

 「野心としては、我々のスケールを現在96から2035年までに250ホテルに拡大する計画だ」と長谷部氏。国内外合わせて11のブランドを持つが、ライフスタイルブランドが不足していたといい、「戦略的にエースブランドを買収した」と述べた。

 買収の目的は単に8つのブティックホテルをポートフォリオに加えることにとどまらない。長谷部氏は「インハウスのデザイナーや建築家、クリエイターを抱える組織であるアトリエエースの獲得が狙い」だったと強調した。アトリエエースとは「創造的なスタジオ」を意味し、エースホテルはその「ブランドの一つ」という位置づけだ。

マリオットは30以上のブランド、「道の駅」型も展開

 マーク・シュライブス氏はマリオット・インターナショナルが現在30以上のブランドを展開していると説明した。

 「ローカルマーケットに分散するようにしている。例えば道の駅というものも含めて、高速道路を通っていれば会えるようなもの」と語り、フェアフィールドブランドとの共通点を挙げた。さらに「4つの部屋があるような小規模物件のオープンも進めていく。オーナーにとってもフレキシビリティを持たせることができる」と述べた。

「どこでも同じに見える」ラグジュアリーの課題

 モリス・シム氏は、ラグジュアリーホテルが直面している課題を鋭く指摘した。

 「過去は、ホテルは一貫性を持つということが方向性としてあった。ただその後、テクノロジーの上昇により、またブランドの買収もある。そうすると変わってきている。一貫性は時に混乱させられる」と述べた。

 シム氏はさらに、ホスピタリティのサービス能力を「IQ」、ケアや快適さを提供する力を「EQ」と表現し、「どこでも同じに見えてくる」状況に警鐘を鳴らした。「ラグジュアリーホテルに来て、お客様はただ部屋が欲しいということではなく、体験をしたい。違う自分を体験したい。それをラグジュアリーホテルが実現することができる」と語った。

 これに対しシュライブス氏は「コモディティ化しないことが重要だが、同じが欲しい人もいる。日本の顧客のロイヤリティの価値と、初めて来るインドの人では求めるものが違う。サービスのデリバリーにフレキシビリティが必要だ」と述べた。

旅館のアライアンス、資本は別々でも広告は共同で

 山本氏は、自身が率いる「日本の宿」ネットワークについて説明した。現在33の小規模旅館が加盟しており、「ほとんどは非常にラグジュアリーだが、小さい旅館で田舎にある。2部屋3部屋ぐらいのベルジュタイプもある」と語った。

 アライアンスの実態についても明かした。「他の旅館とプロモーションを行うが、それぞれ個々に存在する。資本的にも個別だ。ただできるだけ広告として良いことをしたい。アライアンスでプロモーションが良くなる。リソースをお互い使っていくということだが、オペレーションは別々だ」と述べた。

 旅館のアイデンティティについては「旅館のアイデンティティがはっきりとしていない。第三世代という意味では旅館は赤ちゃんだ」と表現した。

5年後の流通はAIアシスタントとダイレクトの組み合わせ

 「5年後、OTA・ダイレクト・AIアシスタントはどうなるか」という問いに対し、登壇者からは「ダイレクトであってほしい」「ダイレクトとAIアシスタントの支援がある」という声が上がった。

 シュライブス氏はマリオットの現状として「78%がダイレクト予約だ」と明かした上で、「ウェブサイトはディスカバリーの部分でAIが使われる。ブッキングチャンネルが減っていって、ボンボーイで70%が予約されている。アジアパシフィックで70%、北アジアはもっと高く、おそらく75%ぐらいだ」と語った。

 シム氏は独立系ホテルの立場から「私たちは35%がダイレクト予約で、アプリもない。OTAにまだ依存している」と現状を示した。その上で「重要な点は、AIが何かを置き換えるのではなく、どういうふうに我々が本当に分かってもらえ、AIエージェントに認められるのかということだ。ホテルにとってのフォーカスは、差別化できる独特なストーリーを作り、それをウェブサイトに載せてAIエージェントが理解できるようにすること。それがAIが、OTAよりもよくやってくれることになる」と述べた。

「AIはブランドを退屈にするリスクがある」

 シウフン氏は「AIは差別化が好きなのか」と問いかけた。シム氏は「AIの問題は、いろんなデータのアクセスができるということで、皆さんが退屈なブランドとして映ってしまうことがよくある」と指摘した。

 長谷部氏はAIについて「非常に大きなインパクトがある。サービスをパーソナル化する、アシストすること加え、ゲストの嗜好やニーズなどを瞬時に把握・予測し、サービスに活かすことができる」と評価した。一方で「ゲストサービスそのものは人に頼らざるを得ない。人が鍵だ」と強調した。

 山本氏は旅館オーナーとしての姿勢を語った。「2つあると思う。一つはアルゴリズムに従うこと。もう一つは目の前のお客様にフォーカスし、またとない唯一無二の体験を提供し、地方食を出すことだ。そうすることによって、お客様は旅館がいかに素晴らしいかということを分かってくれる。口コミで広がる。そこでつながりが出てくる」と述べた。

 シム氏は発見のための工夫について「繰り返しになるが、つながりを持つこと、ファンを作ることだ。私たちはAIのテクノロジーに依存していない。ファンを作ること、顧客ベースを作ることに注力している」と語った。

体験が客室販売を牽引、マリオットは100近い体験を提供

 体験と客室販売の関係についても議論が及んだ。シュライブス氏は「もともと客室が先だったが、今は体験を入れている。デジタルイニシアティブの中にこれを組み込んでいる」と述べ、「次世代の旅行者はコンサート、スポーツイベントなど、これからの旅行体験が中心になる。客室ではないと思っている」との見解を示した。

 「マリオットのボンヴォイプログラムでは100近くの体験を提供している」と明かし、ロイヤリティ向上にも体験の提供が不可欠だと強調した。

 山本氏は旅館での体験提供の実例として琵琶湖でのサウナを挙げた。「美和湖でサウナを体験できる。旅館のスタッフが自転車を提供する。自分たちがやっているんだ」と説明し、キュレーターとしての役割を担っていると述べた。

 外国人ゲストについては「2つのタイプがいる。一つは単に日本の旅館を体験したい、畳で寝たい、日本食を食べたいという人。もう一つはリラックスをしたい、快適な時間を過ごしたい、朝食を欧米風で食べたいという人だ」と語り、それぞれのニーズに対応していると述べた。

体験は「有機的なもの、買うことはできない」

 エースホテルの買収によってライフスタイルの領域に入った西武グループが、さらなる体験提供のために買収を重ねるのかという問いに対し、長谷部氏は「体験は買収することはできない。体験は歴史や文化と同様に時間とともに作り上げられるもの。時間をかけて有機的に作りたい」と述べた。

 エースホテルの在り方については「エースは常に人を呼び寄せるエンターテイメントを提供している。その場所に集い、地元の人たちとつながるオープンなスペースだ。DJのミュージックパーティーやアーティスのイベントなど、いつ行っても何か楽しいことをやっている」と説明した。

 シム氏は体験の本質について「真に意味ある体験には2つの条件がある。ここに来ないとそれが体験できないのか。そして、それを来週別のところで提供することができないのか。この2つの問いに答えられないのであれば、それは企画化されたどこでも経験できるようなものだ」と語った。「お客様にとって意味あるものは、場とのつながり、コミュニティとのつながり、そしてそれを提供する人とのつながりが必要だ。アイデンティティに行き着く」と結論付けた。

「今後20年で勝つのは誰か」独立系アライアンスに注目

 セッション終盤、シウフン氏は会場に向けて「今後20年間で誰が勝つか。体験を拡大する大手ブランド、ライフスタイルブランドを買収するグループ、アライアンスを結ぶ独立系企業、独自の道を貫く独立系、のどれか」と問いかけた。

 会場の反応について山本氏は「私たちのグループはワールドアライアンスを目指して中国やチベットのホテルと一緒にやろうとしたが難しかった。みんな独立系の旅館で、一つのグループにまとめるのが難しかった。今でもどうやってワールドアライアンスを小さいホテルや旅館とできるかを考えている。新しいゲストを迎えてお互い紹介して、非常に小さいが強いアライアンスができないかを考えている」と語った。

 シム氏は「ショップハウスホテルやビースなどとのアライアンスが検討されており、非常にユニークな宿泊体験を提供できる可能性がある」と述べた。

 シュライブス氏は「私の時間はかなり、ユニークなブランドホテルを持っている人たちと過ごしている。私たちのチャンネル、プラットフォームにいかに乗るかということを相談している。流通販売のスケールがあると、素晴らしい物件を見せるチャンスになる」と述べた。

 長谷部氏は「これから20年、予約は瞬時にできる。そういった中であなたが選ばれる理由は何か」という問いに対し「意味、信頼、独自性、いい関係」と一言で答えた。

 シム氏はテクノロジーの変化について「テクノロジーのリズムはそれほど変わっていない。これはいろいろなものへのアクセスを可能にする民主化だ。そこに精密さが加わる。精密さプラスホスピタリティ。そこに魂がないと冷たく感じる。私たちはテクノロジーに合わせていく。そして私たちのストーリーが読めるもの、分かるものにしなくてはいけない。エンジンでも分かると、それによって新しいお客様に喜んでもらえるようにしなくてはいけない。マーケティングや検索は精密にする。でも一方で心を込めてやる」と述べた。

【kankokeizai.com 編集長 江口英一】

 
 

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