Booking.com(ブッキングドットコム)の北米・南アジア太平洋地域ディレクター、ヌーノ・ゲレイロ氏
トラベルテクノロジーのグローバルカンファレンス「WiT Japan2026」が6月1・2日の2日間、ウェスティンホテル東京で開かれた。Booking.com(ブッキングドットコム)の北米・南アジア太平洋地域ディレクター、ヌーノ・ゲレイロ氏も2日に登壇した。
同氏はWIT(ウェブ・イン・トラベル)創設者のヨー・シウフン氏との対話形式のセッション「コーヒーチャット:次のフロンティアにおけるグローバルOTA視点」に登壇。AI(人工知能)の旅行業界への影響、インド市場の成長、代替的宿泊施設の拡大という3つのテーマについて語った。
ゲレイロ氏はシンガポールを拠点とし、Booking.comのパートナーサービスの北米・南アジア太平洋地域を統括。2007年に入社以来、ヨーロッパ、南米、北米、アジア太平洋地域でリーダーシップポジションを歴任してきた。

AIは旅行の「新たな玄関口」、日本では信頼ギャップが課題

ゲレイロ氏はまず、AIがトラベル業界における需要探索の新たな入口として注目されている現状を示した。かつてGoogleが主要な検索チャネルであったように、AIが旅行者の発見プロセスを変えつつあるという認識だ。
Booking.comがAPAC地域における導入状況を調べたデータによると、日本では91%の旅行者がAIの活用に前向きな姿勢を示している。
しかし実態は異なる。「使いたいという熱心な声がある一方で、実際に使っているか、信頼しているかという点で大きな違いがある」とゲレイロ氏は述べた。
この「トラストギャップ(信頼のギャップ)」こそが、多くの企業にとってのチャンスだと同氏は強調する。正確なデータと新しい方針があれば、旅行者が単に発見を楽しむだけでなく、AIを完全に信頼して行動する段階への移行が可能になると見ている。
日本の旅行者が最も信頼する情報源は家族の推薦だという。一方でAIへの信頼度は低い。「人の方がAIよりも信頼できる」という傾向が、データにも明確に表れている。
加えて日本市場特有の事情もある。「日本の旅行者は間違いをあまり許容しない傾向がある」とゲレイロ氏は指摘した。高い期待値と高い基準を持ち、AIの「ハルシネーション(誤情報の生成)」は容認されにくい。これが実際の利用を抑制している要因の一つだ。
AIの利用は旅行前の「発見」段階に集中している。旅行中の活用はまだ少なく、そこに大きな可能性があるとゲレイロ氏は見る。「デスティネーションとAIをつなげることができれば」と述べ、旅行中のリアルタイムな情報提供への期待を示した。
AIを「責任ある、法制的な問題解決」に活用するかという質問に対しても、日本の回答は低かった。プライバシーへの懸念と、仕事が奪われることへの不安が根強い。ただし、「キャンセルポリシーを知りたい」といった具体的な機能においては、正確な情報を提供することで信頼が高まるとゲレイロ氏は述べた。Booking.comのアプリにもAIを組み込んでいるが、提供する情報の正確さが懸念払拭の鍵だと強調した。
東南アジアではAI導入がより急速に進んでいる。「今後1カ月、2カ月で大きく変わっているかもしれない。私たちはこれを注目している」とゲレイロ氏は述べた。
AIで地方観光を促進、370万件のレビューをデータ活用
地方への観光分散もテーマの一つに挙げられた。
現在の訪日インバウンド旅行者の多くは東京・大阪・京都の「ゴールデンルート」に集中している。2025年の訪日外国人数は4200万人に達し、2030年には6000万人を目指すという目標もある中、いかに旅行者を地方に分散させるかが課題だ。
ゲレイロ氏はAIとレビューデータの活用がその答えになり得ると示した。Booking.comのトラベルレビューアワードでは3億7000万件のレビューが寄せられており、宿泊施設や場所に関する膨大な情報が蓄積されている。「このデータを使い、素晴らしい場所があることを消費者にどう伝えるか。それが問われている」と述べた。
実際にその場所を訪れた旅行者の体験談は、他の旅行者にとって信頼できる情報源となる。「東京しか考えていなかった人たちに対し、もっと地方のデスティネーションを結びつけることができる」とゲレイロ氏は語った。
同社はAIを活用したレビュー分析によって、地方の魅力をより積極的に発信する取り組みを進めている。Booking.comがこの流れにおいて「重要な役割を担う」とゲレイロ氏は位置づけた。
TikTokとの連携、ソーシャルから実際の予約へ
旅行者の行動変容において、ソーシャルメディアの役割も無視できない。
ゲレイロ氏は「ソーシャルは自然に来るが、予約は違う」と述べ、ソーシャルメディアが新たな「玄関口」になりつつあると説明した。夢を見るだけでなく、どうやってユーザーをリアルな予約行動まで導くか。それが課題だと指摘した。
約1カ月前、Booking.comはアムステルダムでTikTokとの連携を発表した。TikTok上で気に入った宿泊施設を見つけた場合、そのままBooking.comで予約できる仕組みだ。「そこで学んでいるが、大きなチャンスがあると思っている」とゲレイロ氏は述べた。
インド市場、東京への訪問者数が145%増
インドは現在、最も注目すべき成長市場の一つだとゲレイロ氏は強調した。
「今年、インドから東京を訪れる人の数が145%増加している」と述べ、インド人旅行者が日本全土への旅行を急速に拡大させていることを示した。
背景には地政学的な変化もある。中東情勢の変化により、以前はヨーロッパやサウジアラビアへ向かっていたインド人旅行者が、アジアへの旅行にシフトしている。その中でも日本が選ばれているという。
インド市場の将来性についても数字で示した。インドは人口17億を抱え、今後5〜10年で国内からのアウトバウンド旅行の総価値が15兆円規模に達すると予測されている。中間層が大幅に拡大し、新たに中間層に加わる人口は3億5000万人に上るとされる。
「今後5年間、中間層が大幅に伸びると予測されている。その人たちが旅行をするようになり、予算も増え、よりプレミアムな体験を求めるようになる。トレードダウンではなくトレードアップだ」とゲレイロ氏は述べた。
インド人旅行者のニーズも多様だ。家族の世代間旅行(祖父母・親・子どもが一緒に旅行する形態)が増加しており、地方での宿泊や食事、アクティビティに関する情報ニーズが高い。ベジタリアン料理に対応した施設を求める声も多く、「インド人旅行者がどこに行ったか、そのレビューを見ることで、さまざまなことが分かってくる」とゲレイロ氏は述べた。
東京・大阪だけでなく、地方への旅行も増えている。「最初から幅広い行き先を紹介することができる」と述べ、Booking.comがインド人旅行者に対して東京以外の選択肢も積極的に提示していく姿勢を示した。
「インドというのは本当に興味深い市場だ。隠れた宝と見る人もいる」とゲレイロ氏は述べた。
代替的宿泊施設が取引の38%を占める
宿泊施設の多様化も進んでいる。
Booking.comの最高経営責任者(CEO)グレン・フォーゲル氏はすでに「独立したホテルマーケットが勝つ」との見方を示している。ゲレイロ氏もこれを受け、代替的宿泊施設(オルタナティブアコモデーション)の成長を具体的なデータで示した。
「38%のトランザクションがオルタナティブになっている」とゲレイロ氏は述べた。ビラ、ツリーハウス、アパートといった施設が急速に伸びており、もはや代替的な存在ではなくメインストリームに近づきつつあるという認識だ。
旅行者が求めているのは「本物の体験」だとゲレイロ氏は強調した。今年、同社は「オーセンティックジャパン」という取り組みを導入。地方への誘導と差別化を図るもので、温泉のある旅館など日本でしかできない体験を提供する施設の取り扱いを強化している。
「ボックスホテルではなく、日本らしい体験ができる場所。それが差別化になる」とゲレイロ氏は述べた。
旅館業界と連携、グローバル需要を地方へ
Booking.comは外資系OTAとして、日本の旅館業界との連携を深めている。
「私たちは外国企業として参入し、イノベーションを推進したいと思っている」とゲレイロ氏は述べた。日本のチームが旅館組合と連携し、プロダクトのローカライズを進めている。その目的は、日本に来たい海外の旅行者がより簡単に予約できるようにすることだ。
「グローバルな需要を取り込み、日本の旅館を世界に向けて開くことができる」という考えのもと、フィンテックやAIの活用も推進している。
決済インフラの整備も重要課題だ。「自国の通貨で購入できるようにすること、為替対応、多様な決済手段への対応が必要だ」とゲレイロ氏は述べた。ドイツのお客様がデビットカードしか持っていない場合など、クレジットカード以外の決済手段に対応できないと機会を逃すことになる。多通貨対応を含む決済インフラの整備が、インバウンド需要を取り込むための基盤になると位置づけた。
「AI・インド・代替宿泊」の3本柱で戦略展開
セッションの最後、ゲレイロ氏はAI、インド市場、代替的宿泊施設の3つが今後3年間で最も影響を与えるテーマだと述べた。
「3つ全部選びたい。ただ理由はそれぞれ違う」とゲレイロ氏は語った。
AIは「能力を倍増させるもの」であり、スピードをもたらす。インドは「成長」であり、日本だけでなくアジア太平洋地域全体の伸びを牽引する。代替的宿泊施設は「差別化」であり、地方ごとの本物の体験を提供する手段となる。
「速度・成長・差別化、この3つをつなげて戦略を展開していく」とゲレイロ氏は締めくくった。
【kankokeizai.com 編集長 江口英一】




