「教え、教わり、自らを磨く」——70年超の歴史を持つフレンチの名店、TERAKOYAの過去・現在・未来 日本旅館国際女将会総会でオーナーシェフ間氏が講演


間オーナーシェフと日本旅館国際女将会メンバー

 日本旅館国際女将会(長坂正惠会長)は6月16日、2026年度総会を東京都港区竹芝の「SUD Restaurant TERAKOYA」で開いた。レストランTERAKOYAのオーナーシェフである間光男(はざまみつお)氏が「TERAKOYAの過去・現在・未来」と題して講演した。

間光男オーナーシェフ

洋画家から料理人へ——戦後の食糧難が生んだレストランの原点

 TERAKOYAの歴史は、間氏の祖父・間載一(はざまさいいち)が戦前にフランスへ渡ったことにさかのぼる。

 載一氏は洋画の勉強のためパリに約3年滞在し、絵の修業とともにフランス料理を食べ歩いて帰国した。1934年(昭和9年)、武蔵野の小金井に木造洋館を建て、アトリエ兼自宅として創作活動に励んでいた。しかし昭和12年の日中戦争開始、昭和16年の開戦、そして昭和20年の終戦へと時代が移るなかで、絵が売れる状況ではなくなっていく。

 「絵が売れるわけではありません。フランスで友達から教わったいろんな料理を、これを自分が生業にしていこうということで、料理屋を始めた」と、間氏は講演のなかで祖父の転身を語った。

 プロとしての養育を受けたわけではなく、本場での知識と経験をもとに、自宅を開放して客人に料理をふるまいながら始まった店。それが1946年(昭和21年)、日本橋にレストランをオープンするかたちで本格的に動き出した。1954年には「寺子屋」として法人化。現在の株式会社寺子屋の創業となる。

 「人に自分が知っていることは教えて差し上げられる。でも、お客様や集まった皆様から教えていただくことも非常にたくさんある。教え、教わりながら自らを磨くということで、寺子屋という名前をつけた」

 江戸時代の学問所にならったその名称には、料理という営みを通じた人と人のつながりへの思いが込められている。

25歳での経営引き継ぎ——「改革に10年かかった」

 間氏は1965年生まれ。生家であるレストランTERAKOYAに生を受け、幼少のころから初代・載一氏に食の英才教育を受けた。料理専門学校卒業後に料理の道に入り、1991年に3代目オーナーシェフを継承。そのとき間氏は25歳だった。

 「2代目の叔父が早く引退したい、もっと楽したいということで、25歳、26歳の少し前に会社を引き継ぐことになりました」

 しかし、長く続いてきた組織を若い当主が率いていくことは容易ではなかった。

 「昨日まで先輩と呼んでいた先輩たちを、今日からは自分の部下として指導しなければいけない。自分が理想とするレストランに少しでも近づけようということは、昨日までやっていたことをやめて新しいことにチャレンジしなければいけない。こういう連続でした」

 人の教育から、お皿、室内にいたるまで一つひとつを変えていくなかで、長年通ってきた顧客から「前のほうが良かった」と言われることもあった。それでも間氏は改革を続けた。

 「一段落したかな、というまでは10年ぐらいかかりましたね。その間10年間、給料を上げずに、全部その利益を部屋を変えたり、庭をきれいにしたりといったことに投資してきました」

 改革の成果が少しずつ見え始めたころ、テレビの料理対決番組に出演し知名度も上昇。2000年代に入るとレストランウェディングにも取り組み、間氏が理想とするレストランの姿に近づいていった。

東日本大震災の試練——「大変な時こそ人間が強くなる」

 順調に歩みを重ねてきたかのように見えるが、その道のりはバブル崩壊、リーマンショック、そして東日本大震災と、幾度もの試練に満ちていた。

 なかでも東日本大震災は大きかったと、間氏は振り返る。東京西部の小金井でも電力の輪番制が実施され、電気のつかない状況下でのサービスを余儀なくされた。

 「ロウソクを立ててお客様を迎えし、幸いなことにフレンチはそういう電気を使わなくていろいろ作ることができまして、お客様をお迎えできました」

 困難を一つ乗り越えるたびに、組織として成長する実感があったと語る間氏。

 「大変な時というのは、人間が強くなって成長する。そんなことを実感するような、苦難の連続の人生でございます」

ブラッスリー展開と物販事業——「一軒のレストランだけではいけない」

 震災をくぐり抜け、間氏が次に目を向けたのは事業の多角化だった。

 「景気が悪くなる、あるいは若い人たちがフレンチを食べなくなる。これが非常に怖いことですので、エントリーモデルとして、若い人たちが自分のお小遣いでフレンチを食べに行けるようなレストランを作ろう」

 こうして生まれたのが、吉祥寺の「Brasserie EDIBLE」(2007年10月開業)、立川の「Brasserie Amicale」の2店舗だ。フランスで大衆的に親しまれているブラッスリーの業態を採用し、気軽にフレンチを楽しめる場として地域に根ざした店づくりを進めた。

 若いスタッフをシェフとして育てながら、若い顧客層がフレンチに親しむ入口となったブラッスリー。やがてその顧客がクリスマスや誕生日に本店を訪れるという流れも生まれた。

 「自分のお金を払って来てください、こういった方々が増えてきました」

 物販事業も着実に拡大した。手作りのソーセージやハム、シャルキュトリーを全国にECサイトで販売し、三越伊勢丹、高島屋、東急百貨店といった百貨店との連携によりカタログギフトや年末ギフトにも商品を展開。そして2015年には、JRからの声がけにより地元・武蔵小金井駅内の食品モール「nonowa武蔵小金井」に「La Boutique TERAKOYA」をオープンした。

 現在、物販店舗は2024年8月にオープンした「エキュート立川店」を含め計5店舗を運営している。東京駅八重洲北口の「東京ギフトパレット」内にある「ギフトパレット店」は2022年11月の開業で、旅行・出張時の手土産需要にも応えている。

世界初の「オリーブサンド」——技術革新が生んだ看板商品

 物販事業拡大のなかで生まれた商品のひとつが、TERAKOYAで最も人気の焼き菓子「オリーブサンド」だ。

 「私のような料理人が考えるお菓子、どんなお菓子があるかということで開発したのが、世界で初めてなんですけど、オリーブを使ったお菓子というものを考えました」

 通常、オリーブは塩漬けにしてアクを抜くため、そのままでは塩辛い。しかし近年の技術では、アルカリ処理によって渋を取り除き、シロップ漬けにすることが可能となった。この技術を活用し、スペイン・アンダルシア地方でシロップ漬けにしたオリーブを日本に輸入して製品化。2015年の発売以来、現在では年間80万本ほどが売れる主力商品に成長した。

「強いものが生き残るのではない」——ダーウィンの言葉を朝礼で

 激動の時代をくぐり抜けてきた間氏が社員たちに折に触れて語るのが、ダーウィンの言葉だという。

 「強いものが生き残るのではない。体の大きなものが生き残るのではない。時代に適応したその種だけが生き残っている」

 まさに今のような変化の速い時代だからこそ、自分たちのアイデンティティと主体性を持ちながら変わり続けることが必要だと、間氏は強調する。

 「お客様に実は生かされているということですね。これはまさにコインの裏表、表裏一体だと思います」

 お客様に選んでいただくために必要なのは、ブランディングだと間氏は説く。

 「テラコヤという名前を聞いた時に、できれば、心の中にちょっと温かいものが感じられるような、そういう名前になりたいなと思っています。こう見てください、ああいうふうに感じてください、ではなくて、常にどうも行動をお客様が見られていて、応援してやろうか、あそこ行ってやろうか、頑張ってもらえたらなと、そういうふうに選んでもらえる自分たちになりたい」

 地域の清掃活動や地域行事への参加など、日々の小さな積み重ねが顧客の信頼を育む。そうした信念のもと、間氏は経営にあたっている。

東京の多様性を食材に——「ローカルは地方だけにあるのではない」

 講演のなかで間氏が強調したのが、東京という都市の地域資源の豊かさだ。

 東京の最高標高は奥多摩の雲取山の2000メートル以上。一方、海抜0メートルの低地が広がり、竹芝港からは大島、新島、八丈島を経て、南に1100キロ離れた父島・母島(小笠原諸島)まで東京都に属する。亜熱帯のその地ではバナナ、コーヒー、カカオなども育つ。

 「標高2000メートルから海抜0メートル、そしてここから南に向かって1100キロの海の道がある。そこにはバナナやコーヒーやチョコレート、カカオとかそういう気候があるんです。本当に多様性なんです」

 SUD Restaurant TERAKOYAがある竹芝では、島の食材や奥多摩のわさび・柚子などを積極的にメニューへ取り入れている。

 「ローカルというのは地方地方にあるものだけではないんですね。東京にもローカルというものが足元にたくさん散らばっている」

 東京西部の小金井周辺エリアについても間氏は言及。東芝、NEC、日立、富士重工など、戦前から続くものづくりの大企業が数多く立地する地域だが、バブル崩壊以降は産業全体が元気を失っている現状を率直に語った。

 「残念ながら、地域全体が少し沈んでいる。では地域全体の産業が沈んできたら、じゃあどうしようか」

 一般顧客を増やし、外の地域からも客を呼び込む。飲食と物販の両業態を連携させ、それぞれの店舗でお客様を互いに誘導するいわば「ミラント戦略」も実践している。本店に来たお客様を竹芝のSUD Restaurantに案内したり、ブラッスリーに来た顧客の結婚記念日を把握して本店を提案したりと、複数店舗間で顧客情報を共有し、グループ全体でおもてなしを完結させる試みだ。

機械開発・ケミカル・バイオ——3000を超える創作料理の背景

 講演後の質疑応答では、3000を超える創作料理のインスピレーションについて問われた間氏が、料理開発における独自のアプローチを明かした。

 まず、既存の技術でできないことがあれば機械から作ってしまうという姿勢。大阪の環境試験機メーカー・エステックと共同で、気圧を下げながら加熱する「減圧加熱調理器」を開発した実績を持つ。

 次に、ケミカルなアプローチ。明治乳業と14年間かけて共同開発したテクスチャー剤は、食材に加えても味や香りをいっさい変えない。嚥下(えんげ)困難者向けにも使われるとろみ剤の技術をガストロノミーの世界へ応用したもので、オレンジジュースにそのまま加えて砂糖を足せばオレンジソースになるという製品だ。

 そして、バイオのアプローチ。カマンベールチーズと同じ菌を豆腐に植え付けるなど、安全な素材同士を組み合わせて新しい食材や料理を生み出す試みを行っている。

 「私は新しい料理をアプローチするには3つのやり方があると思っています。機械を作ってしまう(マシナリー)、ケミカル、そしてバイオ。この3つです」

 なぜ同じ料理を繰り返さないのかという問いについても、間氏は明快に答えた。

 「以前作った料理をそのままお出ししては、自分の研究や進化を否定することになるのでは、と私は考えます。自分が陳腐化しないために新しいものをどんどん生み出していこうという、自分に課したわけなんですね」

自動運転ハイヤー構想——旅の「パッケージング」を見据えて

 講演の最後に間氏が語ったのは、未来の顧客体験に向けた大胆な構想だ。

 2005年ごろ、英国製リムジンを購入し、都心のホテルまでお客様を迎えに行きレストランへ送迎するサービスを試みた。費用面の課題もあり「半分失敗だった」と振り返るが、そのアイデアの核心は今も生きていると強調する。

 「今の時代であれば、自動運転がもうすぐそこまで来ていますね。そしたらホテルの入り口まで自動運転でハイヤーを向かわせて、そしてハイヤーの後ろに乗り込んでいただいて、そこでまず車の中でシャンパンを一杯召し上がっていただく。来る途中にジブリ美術館に寄って、大國魂神社に寄って、そうやって1日を土地を真ん中においしい食事を入れて、最後はおいしいワインを飲んで車の中で寝て、自動運転のドライバーに起こされる。そんな時代はすぐ近くに来ているかもしれない」

 旅に求められるものは「時間の価値」であり、料理、室内の快適さ、温泉、笑顔のサービスといった物質的・非物質的な体験すべてが含まれると間氏は言う。今後は、宿泊と食事だけでなく地元の魅力を組み込んだ個別パッケージが求められるとの考えも示した。

 「その旅行一つがですね、素敵な個人個人のパッケージになっていると、もっともっと魅力があるのではないかな」

 自動運転ハイヤー会社との業務提携についても、近いうちに打診する意向を明かした。

寺子屋グループの現在

 現在の寺子屋グループは、本店のレストランTERAKOYA(東京都小金井市)を中核に、SUD Restaurant TERAKOYA(東京都港区竹芝、atre竹芝タワー棟2階)、Brasserie Amicale(東京都立川市)、Brasserie EDIBLE(東京都武蔵野市吉祥寺)の計4つのレストランを展開。物販部門「La Boutique TERAKOYA」はnonowa武蔵小金井店、国分寺マルイ店、エキュート立川店、アトレ吉祥寺店、東京駅ギフトパレット店の5店舗を構え、2027年3月には新宿エリアの百貨店内への出店も予定している。

 従業員数は150名(非正規雇用含む)。1954年4月1日設立、資本金1000万円。主要取引先には三越伊勢丹、高島屋、東急百貨店、JR中央線コミュニティデザイン、JR東日本クロスステーションなどが名を連ねる。

 本店では約5000本のワインを地下ワインセラーで保管。メインダイニングは着席74名、立食120名に対応し、ブライダルから各種レセプションまで幅広く利用可能だ。日本庭園には茶室「寂庵」も配され、晴れた日には遠く丹沢山系や富士山も望める。

 間氏の創作料理の数は現在3000種を超える。今後も新たな料理を作り続けていく姿勢は揺るがない。

 「料理はカタチとして残りませんが、皆さまの中に温かな記憶として残ることができれば、これに勝る喜びはございません。両の手から生み出されるひと皿に、ただひたすら誠実に向き合いたいと思っております」

 伝統と革新の融合、地域との共生、そして顧客に選ばれ続けることへの飽くなき追求。TERAKOYAの歩みは、創業から70年以上を経た今も続いている。

フレンチレストランTERAKOYA | テラコヤ

間オーナーシェフと日本旅館国際女将会メンバー

2026年度総会で話す長坂会長

【kankokeizai.com編集長・日本旅館国際女将会事務局 江口英一】

 
 
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