運輸総合研究所は6月26日、「日本経済を支える国際海上輸送ネットワークの戦略的確保に関する提言」を発表した。
ホルムズ海峡の事実上の封鎖をはじめとする地政学リスクの高まりを背景に、「いかなる事態に至っても『重要な貨物の輸送を止めない』」ための政策と備えを示したもの。海運、港湾、造船、保険、国際連携を一体として捉えた包括的な内容となっている。
提言は、2024年10月に設置した「我が国経済を支える国際海上輸送ネットワークの戦略的確保に関する研究調査委員会」(座長:鶴岡公二・運輸総合研究所理事、一般財団法人国際情勢研究所所長)が2026年4月まで9回にわたり議論を重ね、産学官の関係者がとりまとめた。
日本の貿易量の99.5%が海上輸送に依存
提言が問題意識の出発点として挙げるのは、日本の海上輸送への圧倒的な依存構造だ。
日本の貿易量全体に占める海上輸送の割合(重量ベース)は99.5%に達する。原油は中東諸国からの輸入が95%超、鉄鉱石・原料炭は豪州からの輸入が多く、大豆・小麦は北米からの輸入が約8割を占める。
中東から日本への原油輸送は、ホルムズ海峡とマラッカ・シンガポール海峡というチョークポイントを通過することになる。これを提言は「大きな構造的リスク」と表現する。
本年3月、米国とイスラエルによるイラン攻撃に伴い、ホルムズ海峡が事実上の封鎖状態となった。提言はこの事態について、「チョークポイントの通航の問題が、単に特定の海域の通航の不安定化にとどまらず、原油価格の上昇、保険条件の急変、運航判断の慎重化等を通じて、日本へのエネルギー供給に段階的かつ広範な影響を及ぼすことを示した」と指摘する。
さらに影響は原油由来製品の供給、海上運賃や戦争危険保険料等の上昇を通じた一般貨物の輸送コスト、日用品を含む消費財の価格にも波及しつつあるとした。
脆弱性は「特定のリスク類型」だけでは語れない
提言は過去の事例を詳細に検証し、ネットワークの脆弱性が単一の形では現れないことを強調する。
1984年のスエズ湾・紅海触雷事件では、テロ組織イスラミック・ジハードが敷設した機雷により18隻が触雷し、石油輸送ルートが混乱した。1995年の阪神・淡路大震災では神戸港の港湾機能が全面停止し、コンテナ貨物が大阪港や横浜港など各港へ振り替えられた。神戸港は復旧後もコンテナ貨物量が長く震災前水準に戻らず、日本の港湾の国際的地位に長期的な影響を残した。
2011年の東日本大震災では、東北太平洋側を中心とする複数港湾が同時に被災し、部品・原材料の供給制約を通じて国内生産や国際サプライチェーンにも広く影響が及んだ。2021年のスエズ運河における貨物船座礁事案では、単一チョークポイントの閉塞が国際物流全体の停滞に直結することが明確となった。
2023年末以降の紅海・バブ・エル・マンデブ海峡危機では、イエメンのフーシ派による商船攻撃を契機に船舶の喜望峰回りへの迂回が広まり、輸送日数、運賃、船腹需給に広範な影響を及ぼした。
これらを踏まえ提言は、「特定のリスク類型のみを前提とするのではなく、こうした複数の態様を念頭に置いた備えを平時から講じておく必要がある」と結論づける。
三層構造で「確保すべきもの」を明確化
提言の核心は、国際海上輸送ネットワークにおいて確保すべき対象を三層に整理した点にある。
第一層は「海事産業基盤(キャパシティ)」。海運、船腹、船員、造船・舶用、修繕を一体の課題として位置付ける。第二層は「港湾(結節点)」。港湾を国内外の経路をつなぎ切れ目なく機能させる結節点として捉える。第三層は「制度・国際連携基盤(基盤)」。保険・再保険、情報共有、国際ルール、国際協力を含む。
提言の柱として五点を掲げる。①重要物資の輸送継続性、②多元的なネットワーク、③効率性と強靭性の統合的確保、④必要な輸送機能を自律的かつ持続的に支える国内体制、⑤同志国・関係国との国際連携——の五点だ。
提言パッケージ1:外航海運の強靭化と造船業の再生
「キャパシティ」確保に向けた提言パッケージ1は、外航海運業の強靭化、造船業の戦略的競争力強化、海事産業の抜本的強化という三つの柱で構成される。
日本の外航海運業が実質保有する船腹量は世界の10%を占め、ギリシャ、中国に次ぐ世界第3位の規模だ。日本商船隊は日本の海上輸送の59.8%を担う。一方で、世界シェアは低下傾向にある。日本商船隊に乗り込む船員の約96%が外国人であり、その70%をフィリピン人船員が占める。外航日本人船員は近年約2,000人程度で横ばい(2024年2,095人)。日本籍船は2007年の92隻から2024年には323隻に増加したが、「未だ十分であるとの評価はなされていない」と提言は記す。
具体的施策として、約20年前の2007年に交通政策審議会答申で示された「約450隻」という日本船舶の必要規模について、「現在の日本経済や地政学的リスクを踏まえて必要な見直しを行うべき」とした。従来の総数管理ではなく、原油タンカー、バルクキャリア、LNG運搬船、コンテナ船等の「船種別」に必要規模を設定するよう提言する。
リスクファイナンス面では、保険・再保険市場での引受停止や保険料高騰への備えとして、「政府による外航海運業や船員への補償制度の充実や、再保険の公的バックアップ体制の構築」などを含む官民協調の枠組みを早急に検討すべきとした。
造船業については深刻な実態を数字で示す。日本の造船業の建造量は2019年の1,600万総トンから2024年には900万総トンへ減少。2022年以降、日本の外航海運業界による中国造船所への発注が全体の3〜4割程度(2010年代後半は約1〜2割)に急増している。LNG運搬船のように「国内で実質的に建造可能な拠点が失われつつある重要船種も存在する」と指摘。
これに対し、経済安全保障推進法に基づき新たに特定重要物資として追加指定された「船体」を踏まえ、「造船業再生ロードマップ」に基づく2035年までの「官民あわせて1兆円規模」の投資誘発を具体化するよう求める。LNG運搬船等の国内建造基盤の再構築・維持についても「特段の検討を行うべき」とした。
人材面では、船員養成機関の応募者数が減少し、有効求人倍率が4倍を超えるなど船員不足が深刻化。造船業従事者(約7万人)も2016年のピーク比で約2割減の水準にある。産学官が連携してブランドイメージを強化し、若年層にとって魅力的な産業とすることを求めた。
同志国との戦略的海事連携として、アジアの同志国との間で「船舶の修繕拠点をネットワーク化し、運航に必須となるサービスを安定的に享受できる地域的な協力体制を確立すべき」とも提言する。
提言パッケージ2:港湾の競争力強化とサイバー・フィジカル強靭化
「結節点」強化に向けた提言パッケージ2は、日本の港湾が国際海上輸送ネットワーク上の結節点としての地位を低下させているという現状認識から出発する。
大水深バースの整備状況(水深16m以上)を見ると、京浜港が8バース、阪神港が7バースであるのに対し、シンガポールは39バース、釜山は28バースと大きな差がある。
コンテナ貨物とバルク貨物の輸送構造が異なることを踏まえ、貨物類型ごとのネットワーク戦略の構築を求める。コンテナ貨物は基幹航路の維持を最重要課題とし、バルク貨物等は供給源・輸送路・受入港・代替経路の多層化を通じた供給途絶リスクの低減を図る。
港湾機能の高度化については、24時間運用を視野に入れた自動化・遠隔操作化、ICT化、手続電子化を求める。荷役機械の自動化・遠隔操作化は「人員を減らすための技術ではなく、労働負荷軽減、作業安全性向上、夜間対応の安定化、熟練者の知見継承を支える技術として位置付ける」と明記した。
港湾労働者数は減少傾向にあり、2025年度から2040年度の将来推計でも人手不足の継続が見込まれる。これに対し、適正な価格転嫁と取引適正化を通じた投資余力確保の経営環境整備を提言する。
サイバー・フィジカル両面の強靭化では、港湾を重要インフラとして位置付けたセキュリティ対策の恒常化、「物流を止めない設計」への転換、広域バックアップ港湾ネットワークの構築を求める。南海トラフ地震が発生した場合、日本のコンテナ取扱貨物量上位5港は全て太平洋沿岸に所在しており大きな影響を受けるとして、BCPの策定の必要性を指摘する。
荷役機械・制御システム等については「単純な国産化のみを目的化するのではなく、安全性・信頼性を確保できる供給者の確保、調達先の多様化、保守部品の安定確保」を通じた供給網強靭化を図るべきとした。
戦略的な港湾インフラ支援においては、ODA等の支援対象の優先順位を「港湾の規模や需要の大小ではなく、航路・物流回廊上の位置付けと担う機能に基づいて評価する」よう方針の転換を求めた。
提言パッケージ3:航行の自由と緊急時対応の制度整備
「基盤」確保に向けた提言パッケージ3は、FOIP(自由で開かれたインド太平洋)をはじめとする国際連携と、緊急時の具体的な対応枠組みの整備を求める。
同志国との協力基盤の強化については、米国、豪州、韓国、欧州主要国に加え、ホルムズ海峡封鎖との関係では湾岸沿岸国などの関係国との連携も重要とした。シーレーン沿岸国への能力向上支援・能力構築支援や共同訓練を通じて、法の支配に基づく海洋秩序とFOIPの理念の浸透を後押しする重要性を強調する。
緊急時の対応として、海上輸送路に制約が生じた場合の影響は「必ずしも即時の物理的遮断として顕在化するものではなく」、輸送距離の延伸や運賃上昇といった形で段階的に表れることを指摘。平時から状況把握と官民の共通認識形成の体制を整えることを求めた。
リスクファイナンス体制の整備については、2026年3月にホルムズ海峡封鎖に関連して「戦争リスク補償の停止や保険料の高騰が生じた」と具体的事実を挙げ、「船舶及び船員が存在していても、保険、再保険、補償の可否を含むリスクファイナンス面の条件が、輸送継続の実務上の成立可能性を左右する」と強調。政府による補償制度の構築または再保険のバックアップの迅速な提供を選択肢として整えるよう求めた。
商船護衛については、「護衛に用いる船舶の種類及び目的並びに商船の積荷の種類等の複合的な要因に照らして、軍事目的の輸送を支える軍事活動と評価される場合もあれば、そうでない場合もある」として、担い手と国際法上の位置付けについて「十分な検討が必要」と慎重な表現にとどめた。
石油備蓄については量の確保にとどまらず、「国家備蓄基地は沿岸部に立地するという性格上、地震・津波等の自然災害によって貯蔵施設のみならず、石油の積み下ろしに必要な港湾・電力・道路等の周辺インフラが同時に被害を受け、備蓄が存在していても使えない状態に陥るリスクがある」と指摘し、施設の強靭化と周辺インフラの冗長性確保を求めた。
人的基盤への配慮として、船員が「安全に職務を遂行できる環境が確保され、現場が運航に踏み切れるかという人的要素」も輸送継続性に直結するとして、官民での情報共有体制の整備を提言に盛り込んだ。
「先駆的かつ、これまでの議論に一石を投じるもの」
提言は、本年6月26日に同研究所が開催したシンポジウム「海洋国家日本の経済安全保障戦略 その1~日本経済を支える国際海上輸送ネットワークの戦略的確保に向けて~」において発表された。
提言全文は運輸総合研究所のウェブサイト(https://www.jttri.or.jp/20260626teigen.pdf)で公開されている。本研究調査のこれまでの経緯は同所ウェブサイト(https://www.jttri.or.jp/research/port/maritime_strategy.html)で確認できる。




