桑野会長
カスハラ対策 ポスター・マニュアル整備で後押し
日本旅館協会の通常総会が6月11日、東京のホテルインターコンチネンタル東京ベイで開かれる。1期目を間もなく終える桑野和泉会長(大分県・由布院玉の湯社長)に、この2年間の取り組みや成果、2026年度の活動方針などについて聞いた。(聞き手=編集部・溝部あゆ美)

桑野会長
――桑野体制の1期目を終える。この2年間をどのように振り返るか。
大西雅之前会長からバトンを引き継いで以来、コロナ禍で膨らんだ借入金への対応や、能登半島地震からの復旧・復興支援に全力で取り組んできた2年間だった。
金融問題については、「宿泊業界における観光と金融に関する全国懇談会」を継続開催した。2024年の私の地元である由布院に続き、昨年9月は金沢市で開き、能登半島地震で被災した施設の復旧・復興をはじめとした金融の諸課題について、関係省庁や地域の金融機関にも参加いただきながら議論を深めた。
私たち旅館も、地域の金融機関も、地域と切り離せない存在だ。地域を支える関係者を巻き込みながら議論できたこと、その土地ならではの課題も見えてきたことは、大きな意義があったと感じている。
懇談会の翌日には、輪島市を視察した。和倉温泉や奥能登を含む能登半島は、人口減少や高齢化など、地方が抱える課題が色濃く表れている地域であり、1地域だけの問題ではなく、業界全体の課題として段階的に復旧・復興を支えていく視点が重要だと考えている。その思いは会長就任当初から変わっていない。
インバウンドの回復に伴い、都市部でのオーバーツーリズムの深刻化や、民泊トラブル、観光客のマナー問題も再燃している。一方で、客足が戻っていない地域も少なくない。さまざまな場で「地方分散」の重要性を訴えてきたが、2次交通の不足やライドシェアなど交通インフラの問題も大きな課題になっている。
――会員施設を取り巻く環境についてどう捉えているか。また、協会としての対応は。
中東情勢の悪化に伴う燃料不足やエネルギー価格の高騰により、事業継続を脅かすまで厳しさが増している。他の宿泊関係団体とも足並みをそろえ、政府に対し、エネルギーコスト負担軽減をはじめとした施策の実施を要望してきた。政府には、実効性のある支援策を打ち出していただきたい。
能登半島地震をはじめとする復旧・復興についても、継続して向き合っていく必要がある。会長就任直後の24年8月には日向灘地震が発生し、続く南海トラフ地震臨時情報の発表によって、九州のみならず全国的に宿泊キャンセルが相次いだ。改めて自然災害が観光・宿泊業界に与える影響の大きさを実感した出来事であり、これを契機に協会では、自然災害発生時における宿泊キャンセル料の請求・収受の在り方について検討を進めている。
同時に、物価高の状況下であっても、旅行需要の喚起は欠かせない。こうした状況下だからこそ、旅が人々の暮らしや地域経済に果たす役割を改めて発信していく必要がある。インバウンドだけでなく、国内旅行需要の喚起についても、業界として引き続き政府に働き掛けていく。
――課題への取り組みと成果について。
テーマごとに委員会を設け、課題解決に向けた検討を進めてきた。一部の課題についてはマニュアル策定など一定の成果を挙げることができた。
政策委員会では、2次交通や公共ライドシェアなど、交通インフラに関する対応策を検討した。特に集中的に議論したのは、キャンセル料の在り方だ。会員に実施したアンケートからは、約款通りにキャンセル料を請求できている施設は4割弱にとどまり、半数以上が「回収できずに諦めている」ことが分かった。
こうした現状を踏まえ、収納代行会社と意見交換を行い、請求・回収業務の自動化や、キャンセルポリシー整備の重要性を確認。繁忙期の基準見直しや、客室数ベースでの設定など、実態に即したルールづくりを呼び掛けた。今年2月に開催された国際ホテル・レストラン・ショーでもキャンセル料に関するセミナーを実施し、業界全体の理解促進を図った。
業界の大きな負担となっているクレジットカードの決済手数料(インターチェンジフィー)の問題については、EC/DX委員会を中心に取り組んできた。宿泊業界の手数料率は2.45%と他業種に比べて著しく高く、海外カード利用時にはさらに負担が増す構造となっている。
加盟店管理会社であるアクワイアラーとの交渉では、一律レートの設定は難しいとの回答だったが、現在も協議を継続している。また、クレジットカードに依存しない決済手段として、仮想通貨の一種であるステーブルコインについても関係省庁と意見交換を行い、キャッシュレス決済の新たな選択肢を探っている。
観光庁をはじめ、中小企業庁、金融庁、経済産業省など、関係省庁と直接意見交換できるようになったことは大きな一歩だと捉えている。
従業員の離職要因にも挙がっているカスタマーハラスメント対策は、労務委員会で議論を重ね、専門家の知見も取り入れながら、業界としての姿勢を示す「基本方針」を策定した。カスハラを「お客さまから従業員に対して行われる著しい迷惑行為であって、従業員の就業環境を害するもの」と定義。宿泊客による暴言や威圧的言動、過度な要求などを具体例として示している。
そして今回、基本方針をもとに、宿泊業共通のカスタマーハラスメント防止マニュアル「簡易ガイドブック」と、施設内での掲示に活用してもらう「啓発ポスター」を制作した。現場で活用できる実務的な対策として展開し、今後も業界全体で安心して働ける環境づくりを進めていく。

カスハラ対策を呼び掛ける「啓発ポスター」(イメージ)。従業員向けと宿泊客向けの2種類を制作し、イラスト付きで理解しやすい内容とした
人手不足解消に向けた外国人材の活用については、受け入れが進む外食業界との連携を進めた。外食団体を取りまとめる日本飲食団体連合会(食団連)と意見交換を行い、業界横断で考え方や取り組みを共有することで、新たな視点も得られている。直近では、介護業界とも連携を始めたところだ。
ミライ・リョカン委員会では、複雑化した接客業務を見直し、業界基準となるサービス実務マニュアルの策定を進めているところだ。フロント、予約、接客、施設管理など旅館業務全体を体系化し、資格化も視野に入れる。
また、地域防災やBCP策定に役立つ知見をまとめるため、全国の旅館が経験した災害復興事例の調査も進めている。25年度は、熊本県人吉市や大分県日田市で現地調査を行い、被災からの再建プロセスや課題を把握することができた。
――2026年度の協会運営の方針、重点的に取り組む事業は。
まず、本部体制の見直しとして、既存の「新型コロナ・災害復興対策本部」を改編し、新たに「金融問題・災害復興関係対策本部」を設置する。引き続き、金融問題への対応や、能登半島地震をはじめとした災害からの復旧・復興支援に取り組んでいく。
業界を取り巻く課題への対応については、(1)電子商取引の活用やDX化推進、手数料軽減(2)生産性向上や外国人雇用推進などの人手不足対策(3)固定資産税関係の税制改正や規制緩和(4)会員拡大方策―などをテーマに掲げ、各委員会を中心に検討を進めていく予定だ。
このほか、宿泊税の税率引き上げについても議論が必要だと考えている。宿泊税を導入する自治体が増えている中、既存自治体においても定率・定額を問わず税率引き上げの動きがみられる。導入が広がるにつれ、徴収方法や税率設定など運用面でのばらつきも目立つようになってきた。宿泊税がどのように活用されるべきかについて、現場の視点からしっかりと意見を述べていく必要があると考えている。
――会員の増強施策は。
現在の会員数は約2千で、年々減少傾向にあるのが現状だ。これを踏まえ、26年度は具体的な会員増強施策を検討する。
業界が抱える課題を解決するためには、業界が一丸となって政府や関係機関に働きかけていく必要がある。その際、何よりも大きな力となるのが、多くの会員に支えられているという組織としての確固たる基盤だ。「1施設」では解決が難しい課題も、私たち「団体」なら変えられる。個々の施設の強みを一つに束ね、団体としての大きな力に変えていきたい。
――会員に伝えたいことは。
昨年、「温泉文化」が国連教育科学文化機関(ユネスコ)無形文化遺産の新規提案候補に選定された。30年の登録実現という大きな目標に向け、協会としても関係者とともに、しっかりと後押ししていく。引き続きご支援とご協力をお願いしたい。
今年で4回目となる観光と金融に関する全国懇談会は、9月7、8の両日に北海道函館市で開く。関係省庁や金融機関、われわれ宿泊事業者が膝を突き合わせて意見交換できる貴重な機会であり、ぜひ多くの方に参加いただきたい。今回は、観光振興やまちづくりについても議論を行う予定だ。
先ほど述べた委員会活動も一例だが、協会の取り組みについて会員の皆さんによりいっそう理解を深めてもらえるよう、全国に構える九つの支部連合会とも連携を図り、丁寧な情報発信に努めていく。




