じゃらんリサーチセンターは5月13日、全国の自治体およびDMO(観光地域づくり法人)を対象とした「インバウンド市場の注力ターゲット調査2026」の結果を発表した。
調査は2025年12月1日から2026年2月13日にかけて実施。DMO観光地域づくり法人137、都道府県庁18、観光協会2の計157機関から有効回答を得た。今回で5回目となる。
結果からは、観光地域のインバウンド戦略が「量の回復」から「高付加価値化・質重視」へと移行している実態が明らかになった。
注力市場は台湾・米国・香港、今後はシンガポールが浮上
現在注力している市場では、台湾が79.6%で最多。次いで米国が52.9%、香港が49.0%と続いた。いずれも2025年調査と同様の上位順位を維持しており、アジア市場を中心に、欧米市場も引き続き重視されている状況だ。

一方、今後新たに狙いたい市場では「シンガポール」が23.6%で最多となった。米国(17.2%)、フランス(16.6%)が続いた。
シンガポールは人口規模こそ限定的だが、消費単価が高く、地方体験への関心も高い市場。現在の主力市場を維持しつつ、高単価・長期滞在型市場へと戦略の軸足を広げる動きが見られる。人数規模の拡大よりも、滞在中の消費の質や地域内での支出の広がりを重視する傾向が強まっている。
誘致最大の壁は「二次交通」と「ガイド不足」
インバウンドに関連する課題では、「二次交通の整備」が62.4%で最多となった。次いで「ガイド不足」が60.5%、「誘客/プロモーション戦略」が58.6%、「人手不足」が51.0%、「多言語対応」が47.1%と続いた。

訪日客数が高水準で推移するなか、地方部では目的地までの移動手段や体験を担う人材の不足が顕在化している。とりわけ地方分散を掲げる地域にとっては、鉄道・バスなどの二次交通の確保や、地域の魅力を伝えるガイド人材の育成が急務となっている。
プロモーション戦略も依然として上位に挙がったが、単なる情報発信強化にとどまらず、ターゲット市場に合わせた戦略設計やデータ活用の高度化が求められている。今回の結果からは、市場選定は進んでいる一方で、受け入れ体制の強化が重要なテーマとなっている。
各地域の取り組み事例
各地域ではインバウンド誘致の高度化に向けた取り組みが進みつつある。
東北観光推進機構:広域でのガイドネットワーク構築と育成強化
東北観光推進機構(広域DMO)では、広域連携によるガイド人材の育成とネットワーク化を進めている。2024年には、東北各地で活躍している地域ガイドが「広域で活躍できる体制」を構築することを目的に、東北全域でガイドの実態を把握。288名のガイドをリスト化し、可視化した。
英語に堪能なガイド205名を中心に研修案内を展開。東北6県と新潟県で計82名のガイドを対象に、広域で活躍できるガイドの育成研修を座学と実践で開催し、ネットワーク化に努めている。基礎スキル向上に加え、英語ガイド実地研修や通訳アプリを活用した研修も行い、参加者の78%がアプリ導入を前向きに検討するなど、テクノロジー活用も進んでいる。
AdventureWeek2025TOHOKUの受け入れに向けた研修では、東北広域で119名が基礎研修に、39名が実務研修に参加した。併せて、2025年の東北観光推進機構の自主事業としてアドベンチャートラベル(AT)受け入れ整備のためのストーリーテリング、フィールドでの安全管理、緊急対応等全6回の実務的なATガイド研修を実施。東北、沖縄、北海道のATに精通している講師を迎え、延べ96名が受講し、うち10名は4回以上参加した。
研修を通じてガイド同士のネットワーク形成も進み、相互送客やDMC(Destination Management Company)間での横連携など東北広域での受け入れ体制強化につながっている。東北では、地域の歴史や文化に精通したガイドと、自然・伝統文化・地域体験などのコンテンツを組み合わせることで、高付加価値型の観光商品の造成にも取り組んでいる。
韓国市場:現地OTAとの連携による販路拡張
韓国市場においては、現地OTA(Online Travel Agent)との連携を通じた販路拡張の取り組みが進んでいる。韓国最大級のOTAをはじめとする提携先において、日本の宿泊施設を特集する企画ページやバナー露出を実施し、現地ユーザーへの認知拡大を図っている。インバウンド向けに設計した専用プランを対象に露出を行うことで、海外ユーザーへの訴求力を高める仕組みを構築している。
海外販路との接続にあたっては、既存在庫を活用できる仕組みや、問い合わせ対応の一元化など、運用負荷を抑えながら展開できる体制づくりも進んでいる。
「じゃらん」のグローバルエージェントサービス(GAS)では、提携先の海外OTAを活用し、国内で登録している宿泊在庫を活用しながら海外向け露出を拡大できる仕組みを提供している。活用施設からは、「新たな契約や精算対応の負担が少ない」「問い合わせ窓口が一本化され安心感がある」といった声も聞かれている。
熱海:東京起点の”旅ナカ検索”を捉えた多言語コンテンツ強化
静岡県熱海市では、訪日客の「旅ナカ」行動に着目した情報発信の高度化に取り組んでいる。Google AnalyticsおよびGoogle Search Consoleの分析により、訪日客の多くが東京滞在中に周辺観光地を検索している実態が明らかになった。
特に、英語(アメリカ・日本滞在中)および繁体字(台湾・日本滞在中)を中心に、「Onsen near Tokyo」「Day trip from Tokyo」「Tokyo to Atami shinkansen」「How to get from Tokyo to Atami」といった「東京起点」での移動・温泉関連キーワードの検索が多い傾向が確認されている。
こうした分析結果を踏まえ、インバウンド公式サイト「Visit Atami」では、検索ニーズに即した記事を新規作成・リライトし、多言語化を実施。単なる翻訳ではなく、検索意図に沿ったコンテンツ設計を行うことで、旅ナカでの情報接触機会を高めている。
その結果、サイト閲覧数は約4.6倍、Google検索表示回数は15.3倍に増加(※)し、平均掲載順位も大きく向上した。旅ナカでの閲覧率も約3割を維持しており、現地滞在中の行動支援ツールとして機能している。
さらに、各記事をQRコード化し、観光案内所や宿泊施設で活用することで、オンラインとリアルの接点を接続。東京滞在中に情報収集を行う訪日客に対し、検索段階から熱海への来訪検討を促す仕組みを構築している。
(※2025年5月21日〜6月30日の41日間と2025年11月21日〜12月31日の41日間を比較。Google Search Console計測)
担当研究員のコメント
じゃらんリサーチセンター研究員の松本百加里氏は次のようにコメントしている。
「今回の調査では、観光地域のインバウンド戦略がより戦略的な段階に入っていることが読み取れます。訪日客数が高水準で推移するなか、地域では『どの市場に、どのような価値を届けるか』という視点を重視しています」
「今後狙いたい市場でシンガポールが最多となったことは象徴的です。人数規模だけでなく、消費単価や滞在スタイルを踏まえた市場選定が進んでいることがうかがえます」
「一方で、二次交通やガイド不足が課題として挙がったことは、誘致施策の成果を最大化するための受け入れ環境整備が重要になっていることを示しています。今後は、ターゲット市場に応じた戦略的なプロモーションと、地域の受け入れ体制を両輪で強化していくことが求められます」
さらに「インバウンドは回復段階を経て、持続的成長を見据える局面に入ったといえます。これからは、ターゲット市場のポートフォリオによる『量の設計』と、高付加価値化による『質の向上』を同時に実現する戦略的なプランニングが、ますます重要になるでしょう」と述べた。




