宿泊施設の個性は、メーターにも表れる 北村剛史


北村剛史氏

 ホテルの個性は、内装や接客、客室の意匠だけで決まるものではありません。

 それは、メーターにも表れます。どれだけの空気を動かし、どれだけの湯を沸かし、どれだけの水を流すのか。そこには、その宿の体格と運営思想が、隠しようもなくにじみ出ます。

 宿泊施設の経営に深く携わる皆様に、ここで一つの問いを投げかけたいと思います。電気代、ガス代、水道代。経理上は「水道光熱費」としてまとめられ、毎月当然のように処理されていく数字です。コロナ後の料金高騰で注目度は高まりましたが、なお「経費の一項目」という認識を大きく超えてはいないように感じます。多くの施設では、売上比率や前年差、予算比で確認されることはあっても、その中身がどのような構造で成り立っているかまで掘り下げて議論される機会は、まだ十分ではないのではないでしょうか。

 しかし本来、水道光熱費は単なる管理経費ではありません。ホテルがどのような設備を持ち、どのような営業形態を採り、どのような顧客価値を提供しようとしているのか。その設計思想が、最も率直に表れる費目です。売上は市場や販売力で変動しますが、水道光熱費には、そのホテルの物理的な骨格が表れます。そこにこそ、この費目を読み解く意味があります。

 

 そこで本稿では、一定の設備前提を置いたサンプルモデルを用い、水道光熱費を分解してみました。客室数は約270室、稼働率は約9割、ADRは約3万円弱。レストランは3店舗、宴会場は複数、駐車場は自走式立体駐車場で約400台。熱源はガス、空調はチラー+ボイラー+FCUの4管式、温泉・大浴場はなし、という前提です。ここで示す数値は特定の実在施設の実績ではなく、あくまでサンプルモデルに基づく試算です。ご覧いただきたいのは具体額そのものより、その背後にある構造です。

 

 このモデルを組み立てた結果、水道光熱費は年間で約2.3億円という水準になりました。内訳は、電気代が約1億円、水道代が約1,600万円、燃料代が約1.1億円です。売上高に対する比率は約4%台前半。一見すると、業界感覚から大きく外れた数字ではないかもしれません。ところが、ここにGOPの視点を重ねると景色が変わります。仮にGOP比率を約40%弱と置けば、水道光熱費はGOPの約1割強に相当する規模になります。

 フロントで販売し、レストランで料理を提供し、客室を磨き上げ、現場が積み重ねてきた利益。その一部は、お客様の前に立つ前に、すでに電力会社、ガス会社、水道事業者へ静かに流れていく。水道光熱費とは、そういう重みを持つ費目です。現場の努力が足元から少しずつ削られていく構造を見える化したとき、この費目はもはや「その他経費」の一行では済まされません。利益を生み出すための努力と同じだけ、利益を守るための視点が必要だということを、この数字は教えてくれます。

 しかも、この費目は「総売上の○%」だけでは見えないものを抱えています。水道光熱費には、稼働率にかかわらず発生する固定的な部分と、稼働や売上に応じて増減する変動的な部分が混在しています。空調、換気、給湯、共用部照明、厨房設備、搬送設備。これらは宿泊客が少ない日でも一定水準では動き続けます。つまり売上が落ちても、水道光熱費は同じ割合では下がってくれません。稼働が落ちる局面ほど、利益に対する負担感が急に重くなるのです。景気や需要変動の影響を受けたとき、表面上は売上の減少が目立ちますが、その裏では固定的なエネルギー負荷が、より鋭く収益を圧迫していきます。

 この構造を見誤ると、経営判断は簡単にぶれます。売上が上がっているときは、水道光熱費の増加も“伸びている証拠”として見過ごされやすい。一方で、売上が鈍った途端に、急にコストが重く感じられる。これは水道光熱費の性格が変わったのではなく、もともと固定的な負荷が見えにくかっただけです。好調時には目立たず、不調時に急に存在感を増す。水道光熱費は、まさにそういう費目です。

 

 今回の試算で特に印象的だったのが、立体駐車場の存在でした。駐車場は付帯設備として軽く見られがちですが、自走式立体駐車場は単なる「車を停める場所」ではありません。照明、換気、防犯カメラ、誘導灯、非常照明などが、稼働率に大きく左右されず動き続けます。お客様が少ない日でも、深夜でも、一定の負荷は消えません。つまり立体駐車場は、収益設備であると同時に、固定的な電力消費装置でもあるのです。

 宿泊部門や料飲部門ほど注目されない設備が、実は毎月確実にコストを発生させている。この事実は、多くの施設に共通する示唆を含んでいるように思います。ホテル経営では、客室、料飲、宴会といった“売上を生む場所”に視線が集まりがちです。しかし利益を守るには、“売上を直接生まないが、確実にコストを生む場所”にも目を向ける必要があります。立体駐車場はその典型例です。

 ここにはホテル経営の本質がよく表れています。共用部を豊かにする、宴会機能を持つ、厨房を厚くする、駐車機能を充実させる。これらはすべて顧客価値につながる一方で、必ずエネルギー負荷を伴います。利便性や快適性は、請求書になって初めて本当の姿を現します。水道光熱費は、そのホテルが何を重視しているかを映す鏡でもあるのです。言い換えれば、設備の思想は、最終的にメーターの数字として現れます。

 

 さらに今後を考えると、この論点は現状分析だけでは終わりません。電力、ガス、水道の各料金は、燃料価格、需給逼迫、インフラ維持費、脱炭素対応など、宿泊事業者の努力だけでは吸収しきれない要因で上昇する可能性があります。ホテルは空調、給湯、換気、厨房、照明という営業の根幹そのものがエネルギー消費の上に成り立つ業態です。したがって水道光熱費の上昇は、単なるコスト増ではなく、採算構造そのものに作用する経営課題と見るべきでしょう。

 重要なのは、値上がりを嘆くことではありません。問われるのは、上昇局面でも耐えられる収支構造を持っているか、そして他施設より傷が浅い体質をつくれているかです。たとえば、料金が10%上がったときGOPに何ポイント影響するのか。稼働低下と料金上昇が同時に起きたとき、どの費目が最も利益を圧迫するのか。こうした感応度を把握しているかどうかで、経営判断の速さと質は大きく変わります。逆に言えば、平時からこの感応度を把握していない施設ほど、市況変化に対して受け身になりやすいとも言えます。

 

 これからの水道光熱費管理は、節約の技術ではなく、不確実性に耐える経営体力を設計する技術です。省エネ設備、契約電力の最適化、熱源構成の見直し、運転時間の調整、共用部の使い方の再設計。これらはすべてコスト削減策であると同時に、将来の上昇リスクへの備えでもあります。設備更新を単なる修繕や老朽化対応として扱うのではなく、利益を守る投資、あるいは利益を生み直す投資として評価する視点も、これまで以上に重要になるでしょう。

 また、水道光熱費は現場任せの数字でも、経理任せの数字でもありません。運営、設備、財務、投資判断が交わる場所にある数字です。だからこそ、支配人、経理責任者、施設管理責任者が同じ数字を見ながら議論する価値があります。「いくら使ったか」だけではなく、「なぜその水準になるのか」「どこまでが構造で、どこからが改善可能か」を共通言語にできれば、水道光熱費は単なる報告項目から、経営改善の起点へと変わります。

 宿の個性は、ロビーにも客室にも表れます。けれど、それはメーターにも表れます。どんな宿であるかは、最終的には「どれだけ使うか」に表れます。水道光熱費を読むことは、ホテルの収益力を読むことです。そしてその宿が、本当はどんな体をした事業なのかを見抜くことでもあります。

 これからのホテル競争は、客室単価の競争であると同時に、エネルギー耐性の競争でもあるのかもしれません。水道光熱費を「経費の一項目」ではなく「経営戦略コスト」として見つめ直すこと。その視点が、これからの宿泊経営に新しい輪郭を与えるはずです。

 

株式会社日本ホテルアプレイザル 代表取締役・株式会社サクラクオリティマネジメント 代表取締役

北村剛史

 

 
 
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