タイラーさん。バックの露天風呂は自身の手作りだ
戸倉上山田温泉(長野県千曲市)で、米国出身の男性が12室、創業約70年の小さな老舗旅館を経営している。亀清旅館主人のタイラー・リンチさんだ。20年前に旅館を継ぎ、独自の発想で日本人はもとより、外国人にも人気の繁盛旅館に成長させた。宿の経営とともに地域全体の活性化へ、多くの要職を務めるなど活躍している。
故郷の米国シアトルで高校時代から貿易の仕事をしていたというタイラーさんは、日本企業の支店が多い土地柄から「日本語を習えば将来の仕事につながるだろう」と考え、大学で日本語を学んだ。卒業後はさらに習得するため来日し、長野県上田市の英会話学校で講師として働いた。
「その時に、実家が旅館という今の妻と知り合った」とタイラーさん。一度はシアトルに戻り、現地で結婚生活を送ったが、しばらくして宿の後継問題が浮上した。「大女将(義母)が旅館をやめて土地を駐車場にすると言う。えー、もったいないと思って」。2005年、35歳のタイラーさんはシアトルの家を売り払い、「米国での人生を捨てて」、戸倉上山田温泉に移住した。
旅館経営を始めて間もない頃、タイラーさんは一つの決断をした。内風呂しかなかった宿に、露天風呂を自らの手で作ったのだ。きっかけは宿泊客の「温泉に入りながら星の光を浴びたい」という一言だった。
資金に余裕はなかったが、旅館業界の先輩から「道具を貸してやるし、やり方を教えてあげるから作れ」と背中を押され、仕事の合間に半年がかりで完成させた。
予約の問い合わせで「露天風呂はありますか」と聞かれることが多く、「自分で作った」と答えると、「ぜひ、見に行きたい」と相手は興味津々。手作り露天風呂は宿の大きなセールスポイントとなった。
経営を始めた当初、外国人客は「多分、0.3%だった」という。今は約3割。地域全体が2%という中で破格の数字だ。背景に戦略的な情報発信がある。
手をつけたのがネット。「米国の検索サイトで『NAGANO』『RYOKAN』と検索して、どんな宿泊予約サイトが出てくるか」の調査だった。「メニューに載っていないものは選べないじゃないですか。まずはメニューに載ることが大事」と、検索で表示された予約サイトに自身の宿を登録した。
「いらしたお客さまには、いい思い出をつくっていただくために、一生懸命おもてなしをした」とタイラーさん。宿泊後のフォローアップも徹底。「うちのような小さい宿は口コミに頼っていますので、親切なお言葉をいただければ幸いです」と、利用客にお礼のメールを送るとともに、口コミの投稿を促した。
努力のかいあって評価は上々。サイト内の掲載順位も上昇し、「良い循環になっています」と取り組みの成果に確かな手応えを感じている。
館内ロビーでは顧客サービスの一環でイベントを実施。まきストーブを囲んでの地元の特産品、りんごの食べ比べ「アップルテイスティング」や、子供が多い日はお客さんを巻き込んでのポップコーン作り。さらには地元出身のシンガーソングライターによるロビーコンサートなど、夕食後にさまざまなイベントを催している。「お客さん同士、さらには海外からのお客さんがいれば国際交流も楽しんでいただける」。
温泉街の活性化へ―。タイラーさんの活動は宿の中だけにとどまらない。取り組みの一つは街中の店を英語で紹介するマップの制作だ。飲食店、物産店など、約50軒を網羅している。
制作のきっかけは外国人客の増加だった。「2泊、3泊と、海外からのお客さまは連泊が多いのですが、1日ぐらいはうちの料理を食べても、あとは外へ行きなさいよと」。宿が顧客を囲い込み、商店街が衰退した過去の教訓から、街全体を巡ってもらうよう意識した取り組みだ。英語での紹介文の作成は、ネイティブなタイラーさんならではの成せる業。店の雰囲気がよく分かる写真やメニューなど店舗情報をふんだんに掲載したこのマップは、外国人に限らず日本人の宿泊客にも重宝がられている。
お客さんに温泉街の周囲も散策してもらいたいと、サイクリングツアー「ずくだし」(地元の言葉で「面倒なことをコツコツやる」)を企画。田んぼやりんご畑、寺社など、地域の日常風景を巡り、見てもらう8キロのコースだ。タイラーさん自身がアテンダント役を務める。「田んぼで作業をしていたら、自転車を降りて靴を脱いで手伝ってくださいと」。体験型の要素が外国人客を中心に受けている。
タイラーさんは現在、戸倉上山田商工会の副会長を務めるほか、地元旅館組合連合会副会長、サイクリング推進委員会会長など多くの要職を兼任。2年後は商工会の会長に就任する予定だ。地域のリーダーとして、さらなる活躍が期待されている。

タイラーさん。バックの露天風呂は自身の手作りだ




