【道標 経営のヒント 177】20年ぶりの温泉旅行 九州国際大学教授 福島規子


 おもてなしに定評のある老舗旅館に母と2人で宿泊した。宿泊料金は1泊2食3万5千円程度。大型観光旅館でありながら随所に季節の花が生けられ、館内には安らぎの空気が漂っていた。だが、肝心の接客係によるサービスはかなり残念なものだった。

 ロビーでチェックインを済ませ、お茶をいただいたあと露天風呂付き客室に案内された。客室に入ると、早速、年老いた母は茶器に手を伸ばしお茶の準備を始めたのだが、係は手を貸すでもなく見て見ぬふり。「呈茶はロビーで行い、客室では入れない」というマニュアルがあるのだろうが、お茶を入れようとしている客が目の前にいるにも関わらず完全に無視し続ける態度に、まずは驚いた。

 その後、当然のように夕食時の飲み物を尋ねられた。団体客ならまだしも、献立も見せず、料理内容の説明もなく、到着時にいきなり飲み物を聞くのは、最近ではあまり見ないスタイルだ。顧客のサービス経験が格段に向上したいま、旅館といえどもレストランで夕食を提供する以上、オペレーションを見直してでも料理内容を説明し、料理に合う飲料をお薦めしたあと注文を聞くようにした方が、現代の顧客には納得度が高いだろう。

 また、お伺い内容にも問題があった。筆者が母と2人で温泉旅館に宿泊するのは実に20年ぶりだったので、最初の1杯はスパークリングワインで乾杯しようと考えた。しかし、係は「スパークリングワインのご用意はありません」とにべもない。仕方なく定番の生ビールを2杯頼んだのだが、係はスパークリングワインの取り扱いがないことを詫びるでもなく、今後、取り扱いを検討するでもなく、ないものは仕方ないという態度で「生ビールを二つですね」と復習するだけだった。

 ところが、夕食時間になり食事会場に足を運ぶと、なんとワインクーラーにハーフボトルのスパークリングワインが冷やしてあるではないか。席に着いて待っているとクリーミーな泡がのったキンキンに冷えた生ビールを持って客室案内とは別の係が入室してきた。

 すると、その係は生ビールをトレイにのせたままテーブルの上に置き、ビールを配ることなくワインの栓を抜き始めたのである。「あの、スパークリングの取り扱いはないと聞いたんですけど」と筆者が問いかけると、係は「こちらは、プランに付いているものですから」と一言。

 客室への案内係は「部屋に案内して飲料銘柄を聞くのが自分の仕事」と表層的に捉えているだけで仕事の本質や意味を理解していないのではないだろうか。一方、スパークリングワインと泡がすっかり消えたビールを悪びれることなく、同時に提供した料理提供の係も同様、顧客の立場になって考えるというもてなしの本質を見失っているように思われた。

 何だかやるせなく、悲しい気持ちで乾杯した。

 
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