【竹内美樹の口福のおすそわけ 293】酒屋さんのチーズ 宿泊料飲施設ジャーナリスト 竹内美樹


 酒屋さんが造ったチーズ。え?何それ?と思う。正確に言えば、チーズを生産しているワケではなく、企画立案し、世に送り出したのが酒屋さんなのだ。その名は「Sakkas Latte(サッカス・ラッテ)」。サッカスとは、福井の方言で酒粕(かす)を意味するそう。原料の生乳は、何と福井の銘酒「黒龍」の酒粕入りの飼料を食べた牛から搾られたものだ。

 ここでチョットおさらい。酒粕とは、清酒の製造工程「圧搾」後に残った搾りかすのこと。「圧搾」には三つの方法がある。自動圧搾機で搾る方法。酒袋に醪(もろみ)を入れ槽(ふね)の中に敷き詰め、上から圧力をかけて搾り出す「槽搾り」。そして最も手間が掛かるのが、醪を入れた酒袋を吊るし、自然に滴り落ちる酒を集める「袋吊り」。酒の収量も少ないため、高級酒に使われる。

 酒造りに原料として使用した白米に対し、酒造り後に残る酒粕の重量の割合を表したものを粕歩合と言う。通常は25~30%の酒粕が搾り出されるが、大吟醸になると50~60%とされる。上質の酒ほど酒粕が多くできてしまうのだ。

 「黒龍酒造」もしかり。たくさんの酒粕を廃棄するのはもったいない。そこに登場したのが、商品化の立役者。以前この連載でもご紹介させていただいた、福井県越前市平和町にある「越前酒乃店はやし本店」四代目社長、林宏憲氏である。何とか活用方法を見いだせないかと考えていた林氏、偶然兵庫県のエコフィードへの取り組み事例を知ったそうだ。

 エコフィードとは、食品製造副産物や余剰食品などを利用して製造された家畜用飼料のこと。酒どころ兵庫県では、酒粕を乳牛の飼料に混ぜたところ、乳質が良くなったという。ならば、「黒龍」の酒粕を食べさせた乳牛の生乳で、チーズを造れないだろうか?

 県産のチーズ造りに際し、福井県内で新たな土産品の商品開発を支援する「おもてなし産業魅力向上支援事業」の力を得ることもできたのだが、チーズ職人が見つからない。そんな折も折、運よく出会ったのが、イタリアで料理を学んだ後、北海道のチーズ工房で修業を積んだ、「ラ・ヴェリタ」代表の杉崎由浩氏。

 同氏の工房に生乳を納める牧場に協力を求め、餌の一部に酒粕を混ぜてもらったところ、乳質が見事に向上。そしてこの良質な牛乳から、フレッシュチーズを手作りし始めたのだ。

 牛くんたちが食べているのは、米どころ福井で育った稲を発酵させたサイレージや、酒造りの際、酒米から出た米粉、発酵させた米などを配合した飼料に、「黒龍」の酒粕をプラスしたもの。なんてぜいたくなんだろう!

 福井の自然の恵みから出来上がったチーズの代表作は、モッツアレラ。筆者もいただいたが、搾りたての生乳ならではのジューシーさがあり、優しくまろやかな味わいは絶品。みずみずしく、ぷるんとした食感でうま味にあふれ、日本酒にもピッタリ!

 それにしても、林社長の酒販業に留まらない活躍ぶりはスゴイ。その素晴らしいアイディアに、乾杯!

 ※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。

 
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