【新春対談】オリックス・ホテルマネジメント社長 似内隆晃氏 × アルファコンサルティング社長 青木康弘氏


ポストコロナ時代の旅館再生 対談

 Go Toトラベルの開始で回復の兆しを見せた観光業界。しかし、コロナ禍の終息の見通しは立っていない。Go To後を見据えた旅館の経営の在り方、生産性向上の追求など、今後行うべきことは何か。旅館・ホテルの運営者トップとコンサルティング専門家に集まっていただき、語ってもらった。(11月17日に東京のオリックス・ホテルマネジメントで、聞き手は本社・長木利通)

 

 

 ――観光業界全体がコロナ禍で打撃を受けたが、現在の市況をどう捉えているか。

 

オリックス・ホテルマネジメント 取締役社長 似内隆晃氏

 似内 新型コロナが拡大し緊急事態宣言が出され、4~6月は全ての運営施設を休業した。営業を再開した翌月の7月には、多少の人の動きがあり、稼働は1桁から2桁台へと推移した。Go Toトラベルの影響もあり、10月からは稼働率が回復に向かった。数字で言うと、前年比で旅館が7、8割、ホテルで4、5割といったところ。現状で厳しいマーケットは、インバウンドを主体に集客してきたエリアで、国内需要への切り替えがうまく進んでいないと感じている。2019年のマーケットの業績を振り返ると、大阪、京都など、強含みになるエリアが現れ始めた。このエリアのマーケットは国内外のホテルブランドが相次いで参入。また、宿泊特化型の施設が増加したことで、エリアの宿泊料金が下降し、稼働率にも影響が出始めるなど、全体的に成長の踊り場に入ったような感覚を覚えていた。それでも2020年に入った時点では、東京オリンピックの開催による期待の方が大きかったのも事実。第3波の感染報道からはさらに厳しさは増し、札幌、大阪を中心に宿泊キャンセルが増えている。今冬の感染拡大の動向は注意深く見ている。

 

 ――現在好調なエリアは。

 似内 箱根、熱海といった首都圏に近いエリアは、人口の母数、行きやすさから稼働率は高い。温泉は旅の楽しみのコンテンツの一つとして評価されていることもある。大分・別府の「別府温泉 杉乃井ホテル」は九州エリアでの知名度が高いということに加え、家族3世代で訪れる場所という、ある種のブランドが確立されていることもあり、お客さまの戻りは早かった。

 

アルファコンサルティング 代表取締役 青木康弘氏

 青木 コロナ禍以降における需要回復のきっかけは、9月11日に新型コロナウイルス感染症対策分科会でGo Toトラベルの東京除外解除が発表されたことから。その後にシルバーウイークが始まり、マイカーで行ける近場の観光地に人が急増した。以後は、毎週末が大型連休かのように人が動くようになった。今では新幹線での移動にまで波及し、石川の加賀、和倉などへも足を伸ばす人も多く見受けられる。遠方で動きがある地域は沖縄が目立つぐらいだ。施設で見ると、高単価な施設が好調だ。もともと高単価な施設は稼働率が高い傾向にあり、Go Toトラベルでさらに強調される結果となった。一方、団体や一般宴会、婚礼は回復の兆しが出始めたばかりで、売り上げとして期待できる数字は出ていない。中でも婚礼事業を主力としている施設は人を集めることが難しく、今後も厳しい状況が予想される。Go Toトラベルが6月ごろまで延長される見通しではあるが、いまだ2月以降は前年と比べて厳しい状況にある。また、延長されても終わった後は、需要は激減するだろう。続く政府の支援策があれば良いが、ない場合は守りに入らなければいけない時期が21年中ごろに訪れると見ている。

 

 ――新しい宿泊の在り方としてテレワーク対応商品なども発売されているが、国が新型コロナ対策と示す「新しい生活様式」など感染症対策も求められている。衛生管理はどう行うべきか。

 似内 当社の施設はビュッフェスタイルで食事提供する施設が多く、新様式への対応には推奨されている以上のものを定めるなど配慮した。業界のガイドラインを参考にしながら6月1日には独自の運営・サービス指針「クレンリネスポリシー」を発表。是正を繰り返しながら、今では各施設に衛生管理責任者を配置し、ガイドラインのスタッフ教育と館内全域での衛生維持の徹底を図っている。お客さまから求められる満足度にお応えできるよう、引き続き改善を重ねていく。何より、お客さまが安心安全にお過ごしいただけることを念頭において日々試行錯誤している。

 

 ――コロナ対策もコスト高となり苦しくないか。

 似内 当然影響はある。規模にもよるが、レストランでは通常より10人ほどスタッフを多く配置している。人件費が増えた分は、コストの削減への努力に加え、クレンリネスポリシーに則った安心安全の空間提供を新たな付加価値としてお客さまに認識いただき、従来以上の価格帯を維持する戦略に切り替えるなどして対応している。これは各総支配人とも話し合い、安い価格で利益を痛めるようなことはせず、チェーンメリットを生かして調達コストの削減に努めている。とはいえ、コストの吸収は大きな課題であり、どういう形にして経営戦略に落とし込むかは常に意識している。

 

 ――単価を上げて新型コロナ対策をし、「衛生管理の実施=安全な宿」を打ち出して集客を図るということか。

 似内 そうだ。ブランドがある施設に人気が集まることに通じる。ブランドと衛生管理は連動していて、「ブランド=安心」で選ばれることがウィズコロナ時代での基本的な考え方となっている。

 

 ――営業からは単価が上がると売れないなど、反発はないか。

 似内 今は、お客さまに還元できるものはそこしかない。

 青木 感染症対策について言うと、当初は業界団体が示したガイドラインに沿って行う形だったが、今は運用については各施設の判断で取り組んでいるのが実態だ。体温チェック、消毒を全くしない施設もある。細かくいうと、ブッフェ会場でトングを定期的に交換するか、手袋を付けるか、それも片手か両手か、樹脂製のシールドを付けるかなど、対応は各施設に任されている。Go Toトラベルをきっかけにした感染拡大のエビデンスがないことを理由に、当初ほど神経質さは見受けられない。

 似内 難しいのはお客さまによって気にされ方が異なること。さまざまな人を受け入れる施設側も何をベースに合わせるかは相当悩んでいる。今は事業者としてブランドを守るために強い思いを持ちながら衛生管理に取り組んでいる。社内には厳しい意見を出す人もいるが、厳しすぎるぐらいやって初めて基本をしっかり作れる。

 青木 運用レベル感は確かに施設で差がある。後はそれを単価に反映できるかどうかだ。衛生管理は評価上はプラスになるが、かけたコストが回収できるかといえばそうではない。ハード設備の魅力が求められる。ブッフェで許容できる人はそこに行くし、敏感な人は料理の個室提供やプライベート感のある露天風呂付きの客室を選択している。

 

 ――収束の見通しが立たない中で、必要な経営戦略は。

 似内 前提をどこに置くかだ。ワクチンの効果が現れ、21年後半から落ち着くならいいが、まだ分からない。東京オリンピックで外国人が来るかどうかも大きなポイント。想定すべきシナリオがいくつも生まれている。コロナ禍を約1年経験した現時点の肌感覚では、感染拡大がこれ以上広がらないことを前提として、来年は旅館の稼働が80~90%戻るというシナリオが有力。ホテルは頑張っても50~60%だろう。また、Go Toトラベル終了後の需要はかなり弱含みで、今から備え、対応を講じなければならない。今来ているお客さまは国からの支援で、通常より1、2ランク高い施設をご利用されている傾向がある。施設を見て回ってもお客さまの層が違うのは一目で分かる。今来ているお客さまに新しい体験を経験していただきながらも、もともと懇意にしていただいているお客さまにも情報をしっかりと届けることに注力していかなければならない。そこに対するマーケティング、プロモーション、商品作りはしっかり取り組んでいる。

 

 ――最悪を想定した、事業縮小のシナリオはあるか。

 似内 全体のポートフォリオの中で考えていく話だ。事業のてこ入れを早急にし、エリアの中での施設の位置付けを考えた上で縮小ということも選択肢に入れながら、検討していかなければならない。

 青木 運転資金の確保は最優先で、余剰資金を持たなければならない。Go Toトラベル後には大きな谷間が間違いなく訪れる。今は新型コロナ対策として行政が手厚い資金支援策を講じているので、制度融資を最大限利用し、手元にキャッシュを多く持つ形を取ってほしい。お客さまが戻っていることで気の緩みが見られる。今の状態が続くわけでないという意識を持つべきだ。コロナ禍では、過去に基づいた経営判断ができなくなっている。新型コロナ拡大当初は料金のダンピング合戦が繰り広げられ、価格、稼働の乱高下が起こったが、Go Toトラベル後には再度起こるかもしれない。これまでの料金への考え方は通じず、経営戦略として料金体系の作り直しが必要だ。慣例として価格設定を半年ごとに決めていた施設は、過去のやり方にとらわれずに柔軟に変えていかなければならない。航空でも新IIT運賃を導入するなど料金の変動化を進めている。需要に応じた料金設定がますます大事になる。顧客ターゲットの見直しも必要。Go Toトラベル以降もしばらくは個人客が中心となる。老人会や一般団体、メディア系のツアーなど、以前は各館が特色を持って受け入れてきたが、ターゲットの変更を余儀なくされる。個人客といっても一様ではない。施設ごとに顧客ターゲットを改めて定義し直してもらいたい。

 

 ――辞める、売却するという経営判断については。

 青木 施設の状態で異なる。投資で価値が上がるなら、他社に譲るのもいい。一番分かりやすい判断基準は、借り入れがゼロになった場合に本業が健全化できるかどうかだ。借り入れの問題だけであればやりようがある。本業の競争力が落ち、施設は老朽化、お客さまが来ない、従業員が集められないという場合は売却しにくく難しい判断を迫られる。

 似内 宿泊事業は装置産業。中長期の資金計画、ビジネスプランは必須だ。コロナ禍で一番初めに考えたことは、各施設の損益分岐点。各施設がどれだけのコストを抱え、ミニマイズを強いられる中で、自力でどこまで経営していけるかは確認しなければならない。全てを点検し、損益分岐点を下げておくことで、以前のような需要に戻った際には、より収益性の高い施設となっているはずだ。今はこれを一つのモチベーションとしている。危機は10年に一度ぐらい訪れる。それを想定した時に耐えられる損益分岐点を把握し計画的な施設のメンテナンス、資金調達を行うなど、全施設を常に俯瞰してみておくことが必要だ。

 

 ――他に今取るべきアクションは。

 青木 組織の立て直しも必要だ。コロナ期間では従業員の出入りが激しかった。一時は退職が相次ぎ人員が極限まで減り、Go Toトラベルで盛り返す中で新しい人が増えた。旅館にはもてなし文化があり、口頭伝承の形でつないできたが、断絶するリスクがある。ぜひ運営ノウハウを継承していくために作業手順書を作っていただきたい。また、旅館・ホテルビジネスには波があり、波を前提に捉えなければならない。投資の際は、他の投資対象との組み合わせを検討したい。あとはキャッシュポイントの取り方。いくら優れた施設であっても運営収益には限界がある。例えば、一部を床譲渡や賃貸するなど、多角化しながら収入源を安定化する方法もある。施設において宿泊事業を機能の一つとして捉え、他にもチャレンジするという考え方をしても良いだろう。

 

 ――働き方、雇用の分野では。

 青木 旅館・ホテル業界内での雇用レベル、従業員の雇用環境を考えると他の業種と比べ低い水準にある。分かりやすい例だと、金融や一部の製造業は年間約130日の休日を設けているが、旅館・ホテル業界ではようやく100日を超え、105、110日が良いところ。神奈川・秦野の元湯陣屋が週休3日を採用したり、杉乃井ホテルが10連休を実施、東横イングループが深夜の連勤による休日増など、面白い取り組みもある。知恵を絞り対応してもらいたい。生産性向上に関しても同様で、いかに他の業種を模倣しレベルアップできるかがポイントとなる。

 

 ――ロボットの導入は。

 似内 施設のサービスレベルによるだろう。また、人員配置、人件費の圧縮と併せて議論するべきだ。

 

 ――最後に業界に向けて一言を。

 似内 チャレンジングな時間が続いているが、長い目で見ればどこかで正常化して元に戻る局面が来る。そこに向けて施設の収益構造を見つめながら、その施設が提供できる価値の整理やよりきめ細やかなターゲット層の見直しなどを行う時期にある。今は経営を筋肉質にするための時期であると受け止めて前を向きたい。

 青木 過去を振り返ると、厳しい時代、厳しい環境下で優良企業が生まれている。リーマンショック時には、価格が下落した不動産に投資をして利益を上げたホテルチェーンがある。下がる局面はどの企業にも厳しいわけではなく、チャンスとなる場合もある。物事の捉え方として、変化に対してプラスに捉えて、どのような取り組みが可能かを考えてもらいたい。運営委託に対するニーズは根強いが玉石混交の世界なので、運営ノウハウを持った企業は運営受託ビジネスをするのも一つだろう。コロナ後の世界を不景気な世の中と捉える考え方もあれば、知恵を使って不動産投資をしない多店舗展開にチャレンジするという考え方もある。変化をプラス、武器としてどう生かせるのかを今一度考えてほしい。

 

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