【口福のおすそわけ 388】角煮と東坡肉 竹内美樹


竹内氏

 10月に入り、筆者が役員を務める会社には、おせち料理の予約注文が入り始めている。仕事柄、他社から意見を求められることもあり、一番多い時で大みそかから元旦にかけて8社分のおせち料理を試食した経験が。全てメモを取りながら一口ずついただいたが、その量はハンパない。

 そんな時でも、母が必ず年末に用意するのが豚の角煮だ。おせちたくさんあるし、いらないんじゃない?と言っても、そこは譲らない。でも確かに、あの甘辛い味付けは日持ちするから、小腹が空いた時いつでも食べられて便利だ。ご飯との相性も良い。

 亡くなった父は、角煮茶漬けが好きだった。ご飯の上に角煮を載せ、煮汁も少したらしてから、濃い緑茶をかける。普通ならわさびを添えるところだが、これは和辛子。お茶の苦味と甘辛い角煮の仲をいいあんばいに取り持ってくれて、おいしさ倍増♪

 さて、角煮と似て非なる料理がある。中華の東坡肉(トンポーロウ)だ。煮る際に紹興酒を使ったり、八角で香り付けする以外に、最も大きな違いは三枚肉が皮付きという点。長時間ゆでることで脂が抜け、瑪瑙(めのう)に例えられるほど透明になった皮はプリっぷりで、ゼラチン質の塊、コラーゲンたっぷり!

 ニッポンの角煮のルーツとされるこの料理、中国北宋時代の政治家で詩人の蘇軾(そしょく)の号「東坡居士(とうばこじ)」がその名の由来だそう。国政を批判した咎(とが)で黄州に流された蘇軾は、この地の豚に着目。食糧が乏しい現地の人々に豚肉のしょうゆ煮「紅焼肉(ホンシャオロウ)」を教えた。それまでは肉といえば羊肉で、豚肉料理は11世紀後半に蘇軾によって広められたのだ。

 中央政界に戻った後、再び罪に問われ杭州に流された蘇軾は、西湖の治水工事を成功させ、地元民たちから感謝の印に豚肉と紹興酒を贈られた。それを調理した物を人々に振る舞ったところ、皆そのおいしさを称えて「東坡肉」と呼ぶようになったという。

 これが日本の長崎に伝わった。長崎名物卓袱(しっぽく)料理の代表選手「東坡煮(とうばに)」だ。こちらも同じく皮付き三枚肉を使う。宴会や接待など、おもてなしの機会に食された卓袱料理で東坡煮が主役扱いされるのは、かつては貴重だった砂糖をタップリ使った、ぜいたくな味付けだからといわれる。

 そして沖縄に伝わったのが、やはり皮付き三枚肉の「ラフテー」。紹興酒でなく泡盛を使う。また、かつおだしを入れる場合も。そういえば、沖縄そばも豚とかつおだしのスープだ。沖縄では、14世紀に中国から豚が持ち込まれて以来、「鳴き声以外全て食べられる」として豚肉を余すことなく食してきた。皮付きで当然だ。

 先日、皮付き豚バラ肉が手に入ったので、久々に東坡肉を作った。しっかりアクを取りながら下ゆでし、冷蔵庫で一晩。表面にできた脂の塊を除いてから味付けだ。ちなみに、コレはラードとして別途使える。紹興酒と砂糖としょうゆ、八角を入れた汁でコトコト煮れば、トロッとろの東坡肉の出来上がり! 時間が掛かった分、口福の味だった。

 ※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。

 
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